手ぬぐいの定位置

1/1
前へ
/4ページ
次へ

手ぬぐいの定位置

「ただいま、」 夜。 俺が帰ると、暗い部屋の奥から、一枚の手ぬぐいが飛んで来る。心臓に悪い。 「……まだいるのかよ。好きなとこいけ」 手ぬぐいは首を横に振るように、ぶんぶん左右に揺れる。 「ここにいたい、ってか?」 問えば、頷くように上下に動く。意思疎通出来るの、地味に腹立つな。 「首を絞めるなよ」 念押しで言うと、また上下に動いた後、嬉々とした様子で俺の周りを飛ぶ。やがて、ゆっくりと首に回って来た。風呂上がりに首に掛ける手ぬぐいそのものの格好になる。 「おい、」 昨日の今日で、俺はちっとも安心出来ない。感づかれたのか、手ぬぐいの両端が、俺の肩をパタパタと撫でる。安心しろ、とでも言うように。 「そこが気に入った、とか?」 恐る恐る聞けば、手ぬぐいは嬉しいのか激しくパタパタして来た。本当何なんだ?これ。首筋を頬ずりでもするみたいに、手ぬぐいがさわさわと動く。取ろうとすると、凄い力で張り付かれた。どこにそんな力あんの。 「どきたくないのか」 肯定のようにパタパタと動く。邪魔……でもないか、手ぬぐいだし。 「首、絞めるなよ」 再度言えば、手ぬぐいはふわりと俺の首元で両端を交差させて、動かなくなった。悪さはしないという意思表示のようにも思えて、溜息をつく。 「好きにしろ」 手ぬぐいは楽しげにパタパタし始めた。やっぱ大人しくしててくれ……。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加