11.スタンリー、国王になってください。

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11.スタンリー、国王になってください。

 馬車に揺られている間、私の髪を撫でながら気遣うスタンリーに寄りかかっていると急に馬車が揺れた。  急停止して浮き上がりそうになった私の体をスタンリーが抑えてくれる。 「何事だ?」 「公爵閣下、それが、その⋯⋯」  窓を開けて尋ねたスタンリーに馬車に並走していたモリレード公爵家の騎士が何かを言い淀んでいる。  外を見れば、もう屋敷のすぐ側まで来ていた。  門の近くの人影が近づいてくる。  銀髪に水色の瞳をした、スタンリーの浮気相手であったメアリア嬢だ。  騎士たちの静止を振り払い近づいてくる彼女を見て、私はスタンリーに寄りかかるのをやめた。  そのような私を悲しそうな目で見つめてくる彼はずるい。  「公爵様、あの⋯⋯私⋯⋯やっぱり⋯⋯」  涙を浮かべながら、頬を染めているメアリア嬢は女の私から見ても可愛かった。  私は馬車の扉を勢いよく開けて、彼女の前に立った。 「何か御用でしょうか。夫の相手を一晩して頂いたお礼は申し上げたはずですが」 「ルミエラ様、20歳という生涯残りそうな記念の誕生日の朝にあのような屈辱を受けても離婚されないのですか? もっと、プライドのある方かと思ってました」  彼女は涙を浮かべているが、口角が上がっている。  私を挑発しているつもりのようだが、彼女の作戦が分かってしまった。 (記念とか、そのような祝い事は意識したくないような前世を私は過ごした⋯⋯誕生日とか、どうでもいいわ) 「私はレイダード王国の貴族令嬢はもっと節度がある方ばかりかと思っていました。娼婦のような商売もなさっているのですね。花代を請求しに来たのかしら?」 「な、なんて失礼な方なの? 元メイドの下賤の民の癖に!」  結局、私が血筋で見下され続けるのは避けられない。でも、人の夫に手を出す下品な女に蔑まれる覚えはない。 「元メイドですが、今はモリレード公爵夫人です。そして、スタンリーの妻です。私は彼の隣を譲るつもりはありません」  浮気など到底許せないと今でも思っている。  それでも、4年間私の愚行を許してきた彼を手放す気はない。 「ルミエラ⋯⋯」  後ろから抱きしめられる体温も、名前も呼ぶ声も何の違和感も感じない。  私はスタンリーと一緒にいたいと本当は思っていた。  クリフトの言う通り、ミランダ夫人が亡くなるなり彼と結婚した事への罪悪感があった。  私は彼を軽蔑し散財する事で、自分の罪悪感を埋めてきた、  彼への気持ちが恋かどうかは分からないけれど、他の女の子と同じように私も彼にずっと憧れていた。 「公爵様、ルミエラ様は貴方の事を愛してませんよ。公爵夫人という立場にしがみついてるだけです」  未だ余裕な表情をしているメアリア嬢を見て、私は彼女がどのように彼を唆したのかを知った。 「別に最初からルミエラが俺を愛する事はないと思ってる⋯⋯もう、やめてくれないか?」  静かに囁くような声を出すスタンリーは、弱々しく見えた。  いつもの堂々とした感じは身を潜めてしまっている。 (どうして? 弱々しい態度を見せないで⋯⋯)    彼を弱くしてしまったのは、間違いなく私だ。  その事実が分かってしまう自分が恨めしい。 「公爵様、わ、私のお腹の中に公爵様の子がいるのです」  泳いだ目で告げてくるメアリア嬢はとても幼く見えた。 「モリレード公爵家の子なら、王族の血筋である証のアクアマリンの瞳を継いでるのでしょうね。そのような言動をするなら、それなりの覚悟がおありでしょ」  私の言葉に震えながらメアリア嬢は逃げていった。  彼女は本当に若過ぎる⋯⋯。 「まだ、妊娠が分かるような時ではないのに馬鹿みたい⋯⋯」 「すまない、ルミエラ、俺が愚かだった⋯⋯」  私を後ろから抱きしめるスタンリーは震えている。  自分でその震えを抑えようとしながら、私に動揺を隠そうと必死なのが分かった。  浮気など絶対許せないと思っていた。 (なんで、私は⋯⋯でも、私より苦しんでるのは⋯⋯) 「もうこういう事は終わりにしてね⋯⋯私の代わりなんていないって気がついたでしょ」  強気ぶった自分の声が驚く程、震えていて恥ずかしい。  彼を4年もかけて追い詰めたのは自分だという可能性から目を逸らしたい。  今思うと、レイフォード王子と出会った時の私は再びシンデレラ気分になっていた。  浮気をする男は最低だから断罪されて辱められて当然だ。  傷つけられた自分には浮気男より身分も高く、若さや美貌をもった男が現れて幸せになる。  そのようなありふれた小説の一幕が自分にも舞い踊りそうで、頭が水素より軽くなっていた。  それにも関わらず、スタンリーの考えられない最低な言い訳が真実だと今の私には分かってしまう。  まるで、私が彼を許すような形になっているが、4年もの間、欲望に引きずられ他人を思いやる事を忘れた私を許し続けたのは彼の方だ。  「ルミエラ、君ほど怖い女はいない。君の代わりはいないと改めて思うよ。でもね、ルミエラ⋯⋯君にだけ俺は心を動かされるのだ」  澄んだアクアマリンの瞳に吸い込まれそうだ。目を見るだけで、彼が嘘偽りのない言葉を言っていると分かってしまう。  彼を手放したくないと言う気持ちが恋かどうかはわからないけれど、そのような事はどうでも良い。 「美人は3日で飽きる⋯⋯スタンリーも美しいわ」  レイフォード王子への気持ちは一瞬で消えた。  スタンリーも私にすぐに飽きたと言うより呆れて失望した。  自分が彼に恋しているかは不明でも、また私に夢中になって欲しい。 「怖い事ばかり言うんだな、ようやく君が俺と向き合おうとしている気がしたのに⋯⋯」 私は彼に歩み寄ったつもりだったのに、彼は一歩下がった。 言葉がある方が誤解が生じそうだとさえ思える。  彼の手を引き唇を寄せると、明らかに驚いた顔をされた。 「スタンリー、国王になってください」 「えっ? 急に何を⋯⋯」  彼が戸惑ってるが、私もこのような事を言うつもりはなかった。  現在の王位継承権1位はレイフォード王子で、次いで王弟のスタンリーだ。  私は自己中バカなレイフォード王子やサイコパスなクリフトが王位を継ぐよりスタンリーが継いだ方が良いと思ってたようだ。  思考と言動がほぼ直結している自分の短絡ぷりが憎らしい。 「どうせなら、女性の最高位につきたいのです」 「いや、絶対嘘だろ⋯⋯公爵夫人の仕事もやらなかった君が王妃のような面倒な存在になりたい訳がない」  私の嘘はあっさり見抜かれた。  しかし、他の王位継承権所持者があまりに酷いから消去法でスタンリーが良いとは口がさけてもいえない。  「私の事、働き者だって褒めてたくせに⋯⋯」  意識して彼を誘惑するように潤んだ瞳で言った言葉に、明らかに彼が動揺している。  ちょろすぎて不安になってくる。 「とにかく、私以外の女を抱かないと約束してください。それだけで、もう十分です⋯⋯」  十分すぎる程、私は彼を傷つけてきた。  そして、メアリア嬢を抱いている時でさえ彼が苦しんでいたのではないかと考えてしまう。  そこまで、彼を追い詰めたのは私だ。  彼は最低だけれども、理性を持っていて贖おうと苦しんだ人だ。  そして、彼が自分の理性に贖えず求めてしまったのが私だ。 「あ、当たり前だ。約束する。だから、もう俺を揶揄うのはやめてくれ⋯⋯」  掠れた声で伝えてくる彼は耳まで真っ赤だった。 「クリフトのこと⋯⋯話しませんか? 私たちのかけがえのない息子です。部屋に戻って、2人きりで話したいです⋯⋯」  私の深層心理を抉るようなクリフトの言葉の数々が浮かんでくる。全て真実のように感じてしまうと私は自分を保てない。  彼を自分の寝室に誘導する自分に苦笑いが漏れてしまう。 (こんな風に私が彼の手を引く日が来るなんて⋯⋯)
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