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13.もう、一生この夢の中で過ごしたい⋯⋯。(スタンリー視点)
目を開けると、今日も隣に天使のようなルミエラが眠っている。
彼女は20歳になった日から、情が深く俺の気持ちを掴んで離さなかったメイド時代のような彼女に戻った。
おそらく彼女は俺の浮気で深く傷ついている。
一生許されない愚かな事をしたのだから、彼女が別れたいと言ったら受け入れるべきだ。
毎日のように彼女に別れを切り出されないか不安になる。
俺の感情を唯一動かす愛しいルミエラを手放す事は、死ぬ事と同じだ。
彼女が現れるまでは、ただ生まれながらの自分の役割を果たす人形だった。
彼女と出会えて初めて人間になれた。
(彼女の代わりなどいないと、俺が1番分かっていたのに⋯⋯)
「ふふっ、また、朝から1人思い悩んでるの? 起きたのなら、起こしてよ、寂しいじゃない」
ルミエラがシーツに包まりながら、俺を見てクスクス笑っている。
もしかしたら、俺は今夢を見ているのかもしれない。
愚かな事をした俺に呆れたルミエラはこの邸宅を去った気がしてきた。
そして、俺は彼女が去った後に死人のような日々を過ごす中で、愛しかった頃の彼女が戻ってきた夢を見ている。
今の状況はそう考えた方が納得がいく。
夕方になると、公爵夫人の仕事をしたいといってくれた彼女に仕事を教える。
羽ぺんにインクをつけながら、下手くそな字で懸命にメモをとる彼女が可愛らしい。
今日も「自分にも得意な事はある、メイドの仕事だ」と得意げに、俺を浴室に連れて行くルミエラがいる。
丁寧に俺の体を洗いながら、一緒にお風呂に入る彼女は流石に俺の作り出した幻だ。
浮気をした俺を彼女は穢らわしいと思っているはずなのに、いつも彼女は俺の手を引き自分の寝室に連れて行く。
まるで、俺を愛しているかのように見つめてきて、擦り寄ってくる彼女は流石に都合の良い俺の作り出した幻影。
俺は思いっきり、自分の顔を殴ってみた。
(痛い⋯⋯)
「ふふっ、何やってるの? 唇の端から血が出てるわよ」
ルミエラが俺の唇の端に口付けをしてきた。
(もう、一生この夢の中で過ごしたい⋯⋯)
「今日は、朝から王宮で貴族会議なのよね。準備しなくちゃ」
ルミエラは既に昨晩のうちに今日俺が着る礼服を用意してくれていた。
(なんて、できる妻なんだ。このような素敵な妻がいながら浮気した俺はクズだ⋯⋯)
また、気持ちが沈んでいく。
できる事なら、メアリア嬢と間違いを起こした前に戻りたい。
女に誘惑される事など日常茶飯事で相手にしていなかったのに、なぜあの晩に限って間違いを犯したのか。
「あぁ⋯⋯」
自分の愚かさに頭が割れそうに痛くなってくる。
「スタンリー、大丈夫? 調子が悪そうね。今日は無理せず家で休んだら?」
「いや、大丈夫だ」
気が付くと、俺は既に身だしなみを彼女に整えて貰っていた。
(仕事が早いな⋯⋯)
「ねっ、私にも得意な事があるのよ」
「ありがとう、ルミエラ」
得意げな彼女が可愛すぎて、俺は今日も早めに彼女のいる夢の世界に帰ってくる事を誓った。
♢♢♢
貴族会議の議題は3ヶ月後にある建国祭だ。
俺の兄でもある国王カルロイス・レイダードは最近体調が悪く、床に伏している事が増えた。
兄は息子のレイフォード王子を溺愛している。
レイフォード王子が8年も婚約していたタチアナ・マリソン侯爵令嬢との婚約を破棄した時、にマリソン侯爵を筆頭とした貴族派から反発があった。
「8年も殿下に尽くしてきた娘の功績は、1度の失態で消えるものですか?」
半ば興奮気味に詰め寄るマリソン侯爵に、レイフォード王子は言い放った。
「ルミエラ夫人は僕にとって大切な方なのだ。許せるものではない」
なぜか俺を見つめながら言った彼の言葉は、いつでもルミエラを奪うという挑戦状のように感じた。
彼は明らかにルミエラに興味を持っていて、ルミエラも彼が気になっている。
ルミエラははっきりと俺にレイフォード王子に恋をしたと言っていた。
周囲はレイフォード王子の発言を叔父の妻を大切にしているだけだと考えているようだが、俺には自分たちは思い合っていて俺は邪魔だから消えろと言っているように感じた。
「建国祭には聖女マリナを呼ぶ予定だ。僕は彼女を婚約者の候補に考えている」
レイフォード王子の言葉に安堵した。
(ルミエラを狙っている訳ではないよな)
俺は兄が大切にする彼とは対立したくない。
しかし、ルミエラを争うことになったら状況は変わってくる。
たとえ、ルミエラがレイフォード王子を選んでも、俺は彼を叩き潰し彼女が俺しか選択肢のない状態を作ってしまいそうだ。
彼女には俺を捨てる権利があるし、俺には彼女を引き止める権利はない。
本当に自分勝手で、気持ち悪いほどルミエラに執着している自分に吐き気がした。
貴族会議が終わると、レイフォード王子に呼び止められた。
「まだ、離婚はしないのか?」
俺の愚かな行動の目撃者である彼の言葉に余計なお世話と思いつつも応えるべきだと思った。
「ルミエラを愛しています。彼女を手放す気はありません⋯⋯」
自分の出した声が驚くように掠れていた。
心からの本音を述べても、浮気していた俺の言葉など何の信頼性もない。
「公爵⋯⋯他の女を抱いた後でそのような言葉⋯⋯ルミエラ夫人はそなたに失望しているだろうな。彼女もそなたから離れたいようだぞ。僕も彼女を迎え入れる準備は整っている。アレは僕にとっては代わりの効かない唯一無二の女だ」
ルミエラは俺にとっても唯一無二の女だ。
俺にとって心を揺さぶってきて生きている事を感じさせる唯一の存在だ。
それでも、他の女を彼女の代わりに抱いた俺はその言葉を口にする資格がない。
「レイフォード王子殿下⋯⋯聖女マリナを未来の王妃にと考えておられるのですよね。それならば⋯⋯」
「聖女マリナ? 彼女は国民人気を得るのに必要だ。でも、こう見えても僕も普通の男だ。ルミエラのような女を側に置きたい気持ちも、そなたなら理解できるだろう」
瞬間、頭がカッと熱くなった。
文字を読めるかも怪しい若いメイドを妻に迎えた俺は、清廉潔白に見えて実は肉欲に塗れた男に違いないと陰口を言われた。
しかし、俺にとってルミエラはそういった存在ではない。
なぜだか彼女と出会った瞬間から、彼女のことが欲しくて堪らなくなった。
クリフトに対して何の見返りもないのに頑張っている彼女が愛おしかった。
彼女は無償の愛を与えられる稀有な存在で、俺も女神のような彼女からその愛を受けたかった。
彼女の美貌など、彼女を彩る付け合わせでしかない。
「離婚はルミエラが望まぬ限りはしません。取り返しのつかない過ちを犯した身です。当然、彼女が望めば別れるつもりです」
レイフォード王子を牽制したい。
差して国の事も考えず、己の立場にあぐらをかいた甘い男だ。
そのような男にルミエラを渡したくない。
それでも、自分が浮気をしたような畜生以下の存在だという自覚があった。
ルミエラがそのような下品な獣とは一緒にいられないと言えば従うべきだ。
「そうか、その言葉忘れるなよ。僕は公爵よりルミエラの価値を分かっている。彼女も僕の側にいた方が良いだろう」
欲しいもの全てが手に入って来た彼は当たり前のように人の妻を寄越せという。
その非常識さを咎めたいのに、何1つ言い返せなかった。
ルミエラに会いたくて仕方がないが、家に戻ったら彼女が離縁状を置いて消えている気がした。
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