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14.俺が勝手にルミエラに惚れて身分を盾に結婚した。
俺は家に戻ると同時に、自分の執務室に篭った。
ここ最近は帰宅するなり、ルミエラの執務室に行って彼女に仕事を教えていた。
ルミエラは全く教育を受けたことがない。
それなのに数字に関しては強いと思う。
彼女は細やかな仕事をするから、決算書類の間違いを発見したりする。
文字を書くのは苦手なようで、スペルミスが多い。
でも、いつまでもできない事のある彼女でいて欲しいと勝手な事を考えてしまう。
彼女と2人きりで過ごすのは、何をしていても満たされる不思議な時間で到底手放せるものではない。
そのようなかけがえのない幸せな時間だったが、今日彼女のところに行ってもそこには彼女はいない気がした。
ルミエラがいる世界は輝いているのに、彼女のいない部屋はまるでモノクロの世界だ。
独房のようなこの部屋でひたすらに仕事に打ち込むことに慣れていたのに、彼女がいることに慣れてしまった。
椅子に座り、机に積み上がった書類を片付けようと試みる。
仕事に没頭したいのに、全く何も頭に入って来ない。
思い出すのは可愛らしいルミエラの恥ずかしそうな微笑みと、レイフォード王子の挑発的な視線だ。
ノックと共に茶髪に藍色の瞳をした若いメイドが入ってきた。
彼女は目を潤ませながら、俺に駆け寄ってくる。
「公爵様、もう、私黙っていられません⋯⋯」
彼女は手に、王室の紋章が付いている手紙を持っていた。
芝居じみた彼女の行動に吐き気がする。
彼女は俺を誘惑に来たのだろう。
ルミエラと結婚してからメイドからの誘惑が増えた。
メイドたちはルミエラが俺を裏で誘惑して、それが成功したと勘違いしているようだった。
実際は、俺が勝手にルミエラに惚れて身分を盾に結婚した。
彼女は俺の好意に気がついていなかったようで、求婚されて困っていたように見えた。
目の前の女は鬱陶しいが、彼女の持っている手紙は気になった。
(レイフォード王子殿下からルミエラ宛か⋯⋯)
「聞いてください。レイフォード王子殿下と奥様は通じています。最近、公爵様を愛しているようなフリを奥様がなさっているのは、そのような不道徳な関係がバレない為です」
よく見ると手紙の封が開いている。
勝手に人の手紙を開けるなど、犯罪行為だ。
このようなメイドは邸宅に置いておけない。
彼女を解雇しようと口を開こうとしたら、急に手首を掴まれてメイドの胸に手を当てられた。
「公爵様、傷付きましたよね。私が慰めて差し上げたいです。私の体を使ってください。メアリア嬢にしたように好きにして捨ててくださって構いません」
メアリア嬢の名前が出てきた事で、一瞬心臓が止まりそうになった。
俺の犯した過ちが走馬灯のように蘇る。
突然、勢いよく扉が開いた音がした。
「レイラ、あなたは首よ。スタンリーの体に勝手に触れるだなんて礼儀もなってないのね」
凛とした表情でメイドを咎めた主はルミエラだった。
どうやら、茶髪のメイドの名前はレイラと言うらしい。
ルミエラがメイドをしていた時に、何度か一緒にいるのを見た気がする。
割と長く働いているメイドなのに名前も覚えていないなんて、つくづく俺はルミエラしか見ていない。
「奥様⋯⋯私は公爵様をお慰めしていただけですわ」
レイラはルミエラを明らかに挑発している。
執務室にメイドと2人きりで寄り添っている⋯⋯俺が犯した罪を考えれば疑われても仕方がない。
「ふっ、あなた私宛にきた王室からの手紙も勝手に読んだのね。そのようなメイドは、どこも雇わないわよ。もう、あなたの居場所はどこにもないの。出てお行きなさい」
ルミエラはレイラの手首を掴み、部屋の外へ連れ出し扉を閉めた。
そして俺に飛びつくように抱きついてくる。
明らかに状況から見れば、俺が彼女宛の手紙を勝手に読んで若いメイドに手を出したと思われても仕方がない。
彼女の誕生日に邸宅で不倫をするような男を信じられるはずがない。
「もう、若いメイドを雇うのはやめない? みんなスタンリーに色目を使っていて不愉快だわ」
流石に自分が心配になってきた。
俺の胸に顔を埋めながら、ヤキモチを焼いているような事をルミエラが言っている。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったようだ。
「大丈夫だよ。俺はルミエラにしか興味がない」
浮気した俺が言う資格のないセリフを吐いたが、心からの本音だ。
「そんな事知ってるわ! スタンリーが魅力的すぎるから心配しているだけよ。あと、余計な心配しないでね。レイフォード王子殿下は今不安定になっていて、私に側室になって欲しいなんて言っているだけだから」
俺を見上げながら言った彼女のエメラルドの瞳に吸い込まれそうになりながら、俺はレイフォード王子に怒りを感じていた。
「突然タチアナ嬢と婚約破棄をしたかと思ったら、公爵夫人である君を娶ろうだなんて、殿下は何を考えているのか⋯⋯」
兄からレイフォード王子が20歳の誕生日プレゼントに王位を欲しいと強請って来たと聞いた。溺愛する息子の全ての願いを聞いてきた兄なら実行してしまいそうだ。
浅はかなレイフォード王子に王位を継がせて良いのか疑問が湧いた。
「スタンリー、レイフォード王子殿下も葛藤しているのよ」
他の男を庇うような言葉をルミエラから聞きたくなかった。
俺は思わず彼女が自分のものだとわからせるように口付けをした。
「す、すまない⋯⋯勝手にこのような事⋯⋯」
「謝る必要ないわよね。私たちは夫婦なのに⋯⋯全く、いつも私から誘わせて困った人ね」
ルミエラは困ったように笑うと俺の手を引き自室に連れて行った。
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