18.僕もあなたに興味がないから。(クリフト視点)

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18.僕もあなたに興味がないから。(クリフト視点)

 人生とは、驚くほど時間がゆっくり流れる。  僕、クリフト・モリレードの人生は物心ついた時から、死ぬまでの暇つぶしだった。  僕が物心がついたのは1歳になるより前、通常よりもだいぶ早い。   「ふふっ、クリフトがアクアマリンの瞳を持って生まれてきて良かったわ」 「ミランダ姫、あなたも悪い方だ」 「スリルがないと、こんな退屈な人生やってられないでしょ」    僕の産みの母親は、スリルがないと生きられない女だった。  スタンリー公爵と結婚した後も、彼女は祖国から連れてきた護衛騎士との情事を続けた。  赤子である僕の前で彼女がそのような事を繰り返すのは、僕が何も分からないと思っているからだろう。  悲しいことに僕には、その時点で世界の大体を理解する能力が備わっていた。    僕の母親はなんと醜い女なのかと思った。  そして、僕の父親スタンリーは彼女のしていることに気が付きながら、何も指摘しない。  それは本当に彼女に興味がないからだった。  僕は両親を懲らしめてやろうと思った。  言葉を話さない⋯⋯ただ、それだけで両親は慌てふためいた。 「喋りなさい、喋りなさいよー!」  鬼の形相で僕を虐待する母が滑稽だった。  彼女はスリルがないと生きられないと言ったから、スリルを見せてやっただけだ。  王位継承権を持つ公爵家の跡取りが、言葉1つ発せないというスリルだ。  彼女は焦って、毎晩のように夫スタンリーを誘惑した。  しかし、彼は仕事人間で彼女に興味を示さなかった。  跡取りを作ったのだから、それで自分の仕事は終いだと考えていた。  そのような毎日が続き、僕が6歳になった時に面白い人物が現れた。  女に興味がないように見えたスタンリーが夢中になる女、ルミエラだ。    スタンリーは愚かにも誰が見ても彼の気持ちが分かってしまう程に、いつも彼女を目で追っていた。  ミランダは、そのような彼を責めた。  彼女はストレスを溜めて精神が不安定になっていった。  いつものように部屋に2人きりになった途端に、彼女は僕に当たり散らしてきた。  「あなたさえ喋れば良いのよ。なんなのよ、なんの為生まれてきたのー!」  僕を毎晩のように虐待するミランダにも飽きてきた。  彼女は本当につまらない女だ。  もう、これ以上の変化は望めない。 「そうですね。まず、僕が口を開いたら、母上が複数の護衛騎士と遊んでいた事を話しましょうか」  僕が口を開いたことに驚いたのか、僕が赤子の時から彼女の不貞行為を観察していた事に恐怖を感じたのか彼女は震え出した。 「な、何を? クリフト⋯⋯? 何を言ってるのか⋯⋯」 「きっと、僕が話しても母上の立場は変わらないから安心してください。父上は、母上が淫乱ババアだと知ってます。でも、どうでも良いんです。あなたに全く興味がないのでしょう。分かりますよ、僕もあなたに興味がないから」    スリルがある人生が欲しいだなんて強がりながら、僕の母ミランダは自分がその地位以外価値のない女だと気がついていた。  奔放に振る舞う事で、自分の現実から目を逸らしていただけだ。    彼女は絶句して跪いた。  もう、彼女には退場してもらった方が良いだろう。    多分、彼女がいなくなれば、スタンリーはルミエラに手をだす。  その方が面白くなりそうだ。 「母上、両親にも見放されて来た国で夫にも興味を持たれず、息子からも疎まれ、お情けで騎士たちに抱いてもらっている。もう、生き恥を晒さずに死んだ方が良いですよ。死んだら、しばらくはあなたに思いを馳せてくれる人がいるかもしれません」  ガタガタと唇を振るわせながら僕を見つめる母に、ロープを手渡した。  母が首吊り自殺をして、僕の予想通りスタンリーはルミエラに求婚した。  面白いのが、このルミエラという女だ。  彼女は周りに自分がどう見られているかを異常に気にする女だった。  自分もスタンリーに気に入られるよう振る舞っていた癖に、彼から求婚されるとその気がなかったように見せた。  母の存命中からスタンリーと関係がなかったと、周囲に見せる為だ。  自分は公爵から請われて仕方なく結婚するという体を保ちながら、公爵夫人として得られる権力は余す事なく使った。  自分の欲望に忠実で、純情なフリをして実はとても強かに立ち回る女だ。  そして、スタンリーは彼女の強かさに気が付きながらも、彼女の中にある一欠片の純粋な人を想う気持ちを愛おしく思っている。  スタンリーは彼女に対してだけは、驚く程に純朴な男になった。    聖女マリナの話は聞いた事があった。  彼女は聖女の力を使う度に、死に近づく。  それでも、いつも薄っすらと微笑みながら目の前に現れる人間に接して力を使うらしい。  現在16歳の彼女は、既に耳も目もほとんど機能しなくなっている。  心の美しいものに与えられるという聖女の力。  僕はその悪魔のような力が与えられた不幸な女を見てみたいと思った。    「心が美しいものに与えられた奇跡の力」「世界で一番慈悲深い聖女様」皆がそういうのは、聖女に力を使わせる為だ。  力を使わないと途端に周囲は手の平を返し、彼女を非難するだろう。    聖女マリナは、運悪く特別な力を持ってしまった女で気が弱いだけだった。  崇高な精神を持っている訳でもなく、目の前に力を求める人が来ると一瞬だが顔を顰めている。  彼女は本当は力を使いたくないのに、怖くて言い出せないだけだ。  だから、もう自分は素晴らしい聖女だったという歴史だけ残して、この世界を去ろうと諦めている。  僕はわざと彼女を偽善者と罵ってみた。  彼女の中の生きたいという気持ちを呼び覚ましたかった。  (このまま、善良な聖女のままで死ねると思うな! 僕は気がついているぞ⋯⋯)  なぜ、彼女に対してこのような気持ちになるのか分からない。  退屈が嫌いな自分を母ミランダに似ていると思った。  ルミエラに心を奪われて、周りが見えなく父スタンリーを愚かだと思った。   でも、僕にも父に似ていたところがあったようだ。  僕は聖女マリナを見た瞬間から、彼女のことしか考えられない。  聖女マリナの頬を1筋の涙が伝った。 「クリフト様⋯⋯優しい⋯⋯本当の私に気がついてくれた⋯⋯」  彼女の涙を見た途端、彼女の為なら何でもしたいという気持ちに襲われた。  自分のことを最低な両親から生まれた人間らしい感情を持たない存在だと思っていた。  でも、今、バカな小説の主人公のように目の前の女を守りたいと思っている。    彼女を守る為には、レイダード王国を浄化しなくてはならない。  今までは、成人したら目障りな公爵邸の奴らを賊に襲われたと見せかけて殺してしまおうと思っていた。  王位継承権を持つモリレード公爵になれば、少しは退屈しのぎになる。  「マリナ⋯⋯お前は俺の隣でしか生きられない女だ」  自分が本気になれば、彼女に他の人間が当たり前に得られている自由を与える事ができる。  その為には、王位を継いだ方が良いだろう。  僕はレイダード王国の国王になり、マリナの聖女の力にたかる蝿を一掃する。 「あ、あなたが好きです。こ、呼吸が止まる瞬間まで、あなたのアクアマリンの瞳を見ていたい」     虚な目で必死に俺の目を見つめてくるマリナを抱きしめたいと思った。  きっと、これが愛おしいという感情なのだろう。
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