3.私たちの夫婦関係は既に破綻しています。

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3.私たちの夫婦関係は既に破綻しています。

 うっすらと、目を開ける。  カーテンから差し込む陽の光が眩しい。 「奥様、今日は奥様の20歳の誕生日です。早速、準備に取り掛かりましょう」  メイドのエリカの言葉に私は泣きそうになった。  私はまた時を戻ったようだ。  必死に泣くのを耐えながら、ない頭で考える。  小説の内容から察するに、クリフトはレイダード王国を狙っている。  彼が王国を手に入れる為は王位継承権のあるモリレード公爵の地位が必要だ。    クリフトは本当は大衆を洗脳状態にできる程、弁が立つ男だ。  彼の様子を見るにスタンリーには復讐心がある気がする。  そしてレイフォードとは仲が良いように見えて、クリフトは心の奥底では彼を嫌っているように見えた。  私は自分が前世で言葉を発することのなかった健太を育てた時の経験を思い出してた。  言葉を発さなくても、その表情や仕草から何を考えているかを察する事ができる。   「奥様? 大丈夫ですか?」 「ありがとう⋯⋯大丈夫よ」  私は不安で泣いていたようで、彼女は白いハンカチを渡してくれた。  散々偉そうに振る舞ってきた私に親切にできるのは、彼女が本当に優しい子だからだ。    また仲良くしたいけれど、先に縁を切るような態度をとったのは私だ。  立場上、私が謝罪すれば受け入れなければならない彼女に擦り寄るのは止めようと思った。  今、私が孤独なのは全て自分自身のせいだ。  私は立ち上がり、エリカの手伝いで身だしなみを整えた。  1階ホールのところまで行くと、レイフォード王子とクリフトに出会した。  瞬間、レイフォード王子との熱い口づけが蘇り顔が熱くなる。 「レイフォード・レイダード王子殿下に、ルミエラ・モリレードがお目にかかります」  挨拶をすると、彼と私の間に線引きができて心が落ち着いた。 「ルミエラ夫人、お誕生日おめでとう」  私はレイフォード王子の祝いの言葉に軽く会釈をすると、クリフトに近づいた。 「クリフト、貴方の母親になって4年も経つのね。至らないところばかりで申し訳なかったわ。貴方さえ良ければ、今からでもアカデミーに通わない?」  アカデミーとは通常12歳から15歳の貴族が義務として通うところだ。  クリフトは発語がない事が周囲に露見しないように、家庭学習をするという事で入学を免除して貰った。  私は自分が逃げる事ではなく、健太にしたようにクリフトを愛してみる事にした。  特別な子が外に出るという事は、必ず好奇の目に晒される。  どのような苦しい事が沢山あっても、できる限り子を守るのが母親だ。 「アカデミーか、懐かしいな。良いのではないか?」  レイフォード王子が話しかけると、クリフトは冷たい目で彼を見返した。  王子殿下が当たり前のように話し掛けているのを見ると、もしかしたら2人きりの時は普通に会話をしているのかもしれない。  「レイフォード・レイダード王子殿下にスタンリー・モリレードがお目に掛かります」  不意に後ろからスタンリーの声がして振り向くと、顔を隠すように出口に向かうメアリア子爵令嬢が見えた。 「メアリア嬢、昨晩は夫がお世話になったようですね。しかしながら、令嬢も結婚を控えている身です。レイダード王国の貴族として節度のある行動を心掛けてください」  私の言葉に一瞬動きが止まったメアリア嬢は、顔を伏せながら邸宅の外に出て行った。 「スタンリー公爵、今日は夫人の20歳の誕生日だというのに感心しないな」  レイフォード王子が冷ややかな視線でスタンリーを見つめる。 (前回、彼が私に恋をしたような演技をしていたのは何だったのかしら⋯⋯) 「レイフォード王子殿下、私たちの夫婦関係は既に破綻しています。お気になさらないでください」  私の言葉に驚いたような顔をしているスタンリーから目を逸らしながら、私は続けた。 「スタンリー、女性を連れ込むのも構わないけれどスキャンダルにならない程度に弁えてね。私たちは夫婦でなくなっても、クリフトの親である事を忘れてはいけないわ」 「君がそんな事を言うなんて珍しいな⋯⋯」  スタンリーは首を傾げながら私をじっと見つめてくる。  声も唇も震えていて明らかに動揺している。  私の言動の意図が分からなくて、困惑しているのかもしれない。 「クリフトをアカデミーに通わせようかと思うの。同年代の子と関わる事で育まれる情緒もあるはずだから」 「いや、でもクリフトは⋯⋯」 「アカデミーに通うことは貴族の義務だけでなく、クリフトの持つ権利よ」  クリフトを外に出すと、世間体が悪いと思っている彼に吐き気がする。  クリフトは私たちの様子を伺うように黙って見つめていた。  おそらく彼は私では想像もつかないような事を沢山考えている。  本当は非常に賢く、その賢さをなぜだか隠している子だ。  そして、躊躇いもなく人を殺す事ができる恐ろしい子だ。    でも、私は期待をしていた。  アカデミーに通えば情緒が育まれ、人の命の尊さに気づくのではないかという期待だ。    期待は裏切られ続ける事を私は前世の経験から知っている。  それでも、少しでも望みがあるのならば、子の為に動くのが親だ。 「父上、僕はアカデミーに通います」  クリフトが自らの意思を言葉で伝えてきた。瞬間、感動のあまり鳥肌がたった。 「う、うん。通おう! 沢山アカデミーで学んで、友達を作って、クリフトなら立派なモリレード公爵になれるよ」  私は気がつけば、泣きながらクリフトを抱きしめてきた。  そっと彼が手を私の背に回してくる。    彼が私を殺す結論に至っても良いから、彼に無償の愛を捧げられる母親になろうと私は決意した。          
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