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5.スタンリー、あなた最低よ。
「クリフト、まずは今までの私のあなたへの暴言の数々を謝らせて⋯⋯」
私はクリフトを部屋に招くなり、謝罪をした。
メイドで彼に仕える身だった時にあったはずの思いやりは、公爵夫人になるなり消滅した。
彼を邪険に扱うメイドたちの行動に目を瞑り、自分の鬱憤を晴らすように彼女たちの行動を扇動するようになった。
思い返しても自分の行動は最低過ぎて、許されるものではない。
「⋯⋯」
クリフトはまた何も言ってくれなくなった。
「今晩、私の20歳の誕生日祝いの舞踏会があるのよ。出席してくれるわよね」
「⋯⋯」
クリフトは無表情で私を見つめていた。
「気が向いたらで良いから⋯⋯」
先程、言葉を発してくれたからと言って、急に距離を詰めようとし過ぎたかもしれない。
クリフトには家庭教師をつけているからダンスは踊れるはずだ。
でも、私は舞踏会に出席した事のない彼に対して無理な要求をした。
そももそ彼が舞踏会に出席した事がないのは全て彼を隠そうとした私やスタンリーのせいだ。
それから、昼過ぎまで私は全く言葉を発さないクリフトに話しかけ続けた。
側から見ればひとりごとを言い続けているような不気味な光景だろう。
それでも私と彼の間には会話が成り立っていた。
彼の微妙な表情の変化を読み取り、私は対話を続けた。
ノックと共に、エリカが入ってくる。
「奥様、舞踏会の準備をそろそろ始めませんと」
「ああ、そうだったわね。クリフト、ではまたね」
私の言葉にクリフトが自分の部屋に戻っていく。
名残惜しいような気持ちになった。
なぜこのような対話の時間を今まで取らなかったのかを後悔した。
♢♢♢
事前に準備してあったグリーンのドレスを見て、心が落ち込んだ。
オーダーメイドでこだわりまくり、これでもかというくらいエメラルドやサファイアを塗したドレス。
同年代の子がアカデミーに行く中、息子のクリフトが部屋に引き篭もっているのに私は贅を尽くしたこのドレスのことしか考えていなかった。
(本当に最低な母親⋯⋯)
準備を整え部屋を出ると、スタンリーが待ち構えていた。
私がグリーンのドレスを選ぶと思っていたのか、私とペアになるグリーンの礼服を着ている。
「では、行こうか。ルミエラ」
スタンリーは今朝の騒ぎなど、何事もなかったように淡々としていた。薄く微笑みを讃えた彼に生まれの違いを感じた。
彼は王族の血が混じった生粋の貴族だ。
彼の隣にいるには、私も余裕の表情を作らないとならないだろう。
モリレード公爵邸の立派なボールルームに到着すると、沢山の来賓が私たちを迎えてくれた。
真っ先に目に入ったのは、朝とは違って淡いブルーの礼服に着替えたレイフォード王子だった。彼の隣には赤髪にいかにも気の強そうなルビー色の瞳をしたタチアナ・マリソン侯爵令嬢がいる。
(婚約者なんだから、当然か⋯⋯)
なぜだか少し落ち込んだ私の手を強くスタンリーが握ってきて、驚いてしまった。
(な、何?)
舞踏会の開会の合図を告げるダンスをスタンリーと踊る。
ふと、結婚当初に私のダンスの練習に付き合ってくれた彼を思い出した。
ダンスレッスンに家庭教師をつけて貰っているから大丈夫だと言ったのに、自分と踊る機会が多いからと私に付き添っていたスタンリー。
「スタンリーは私のことを1度でも好きだった?」
今朝、若い令嬢と浮気していた彼は私に本気になったことが1度でもあったのか気になった。
瞬間、目を合わされて彼の澄んだアクアマリンの瞳に吸い込まれそうになる。
「俺は、今まで君のことしか好きになった事がないよ」
そのような事を言われるとは思わなかった。
なんだか心臓の鼓動が早い。
浮気していた癖によくそのような戯言が言えると彼を責めれば良いのに、言葉が出てこなかった。
前世の記憶が戻った事で、相手をよく観察するようになったから気づいてしまった。
(スタンリーは嘘をついてないわ)
「い、いつから私を好きで⋯⋯」
「君が14歳の時、クリフトの食事を工夫して出してたのを見て可愛いと思った⋯⋯」
私は思わずステップを踏み間違え、転びそうになってしまった。
(それって、ミランダ公爵夫人と結婚している時じゃない⋯⋯なんて、不誠実なの?)
彼が優雅に私を支え、まるで何事もなかったように踊りを再開する。
メイドの私にとって大人でスマートな憧れの公爵様だった彼。
私が彼を軽蔑にも似た感情で避けるようになったのは、求婚されてからだった。
妻が自殺したというのに、悲しむ間もなく若いメイドの私に求婚した男。
美しくスマートで憧れだった公爵様は、一気に私の中でエロオヤジという認識に変わった。
公爵である彼からの求婚を断れるわけもなく、私は贅沢ができると割り切って彼と結婚することに決めた。
曲が終わって、スタンリーが私から離れて行こうとする。
私はなぜだか今なら彼の本音が聞けそうな気がして、離れそうになった手を握った。
「もう、1曲踊ろうか。今日は君の誕生日だ。本当にダンスが上手くなったね」
「嘘をつくなら、踊らないわ⋯⋯」
よく見ると無表情に見えてスタンリーは割と分かりやすい。
明らかに私のダンスを褒める時に瞳が揺れていた。
リズム感が絶望的にない上に、先ほどもステップを踏み間違えた。
スタンリーが抜群にダンスが上手く誤魔化してくれたから、周囲に私の失態がバレなかっただけだ。
2曲連続で踊るのは初めてだ。
私は体力がないから、2曲目のステップはもっとしどろもどろになるだろう。
でも、彼に体を預けて仕舞えばなんとなく形になる事を知っている。
昨晩、浮気をしていた最低な夫に体を預ける。
当たり前のように、私を上手にリードしてくれる彼にホッとした。
「スタンリー、あなた最低よ。私への気持ちを聞いても不快感しか湧かないわ」
「そうだろうな⋯⋯」
ミランダ夫人がクリフトに発語がないこ事で悩んで自分を追い詰めていた時に、私に恋をしていた彼は最低の男だ。
睨みつけるように彼を見ると、なぜか微笑みを返された。
「メアリア嬢の事もよ。浮気するのは勝手だけれど、相手を選んでね」
周囲に聞こえないように、彼の耳元に囁くように注意した。
来月には結婚する女との浮気。
彼女の婚約者に露見でもしたら、破談になりかねない。
「浮気ではない。俺の事を好きなルミエラだと思って抱いたから⋯⋯」
とんでもない返答にまたステップを踏み外す。
それを優雅にスタンリーはフォローする。
「最低過ぎて言葉がないわ⋯⋯」
浮気の言い訳としては最低だ。
私は回帰した時間の中で彼の別の言い訳を聞いた。
でも、今、彼が言った理由が本当の浮気理由だ。
彼を観察し始めると、意外と分かりやすく何が本当なのか分かってしまい胸が詰まった。
「君の言う通り俺は最低だし、ルミエラの代用として彼女は役に立たなかったよ」
いつからか、スタンリーは私に手を出さなくなった。
私が彼に気持ちが全くないことが分かったからだろう。
彼は本当に最低だけれど、私のことをよく見ていたようだ。
「良い時間だった。ルミエラ、お誕生日おめでとう」
動揺する私をよそに曲が終わり、スタンリーが離れていく。
改めて4年前、自分の夫になった彼を見ると美しく儚い感じのする不思議な人だ。
「ルミエラ夫人、お誕生日おめでとう。良かったら、少し話さないか?」
突然、レイフォード王子から声を掛けられる。
私は驚きのあまり、彼の差し出した手に咄嗟に手を乗せた。
まるで、今朝会った事を忘れたような彼の態度が不思議でならない。
彼の隣にいたタチアナ嬢が敵意を隠さない目で私を見る。
(そんな目で見なくても、1年後にはあなたの男よ)
なぜかまた気が沈んで、私はレイフォード王子に連れられバルコニーに出た。
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