6.寒いです。貴方が私を抱いてくれないから⋯⋯。

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6.寒いです。貴方が私を抱いてくれないから⋯⋯。

 バルコニーに出ると、満天の星空が広がっている。  夜風が涼しく肌をくすぐって気持ちが良い。 「そなた、僕の唇ばかり見ていたようだが、もしかして繰り返す過去の記憶が残っているのではないか?」  隣で私を覗き込むように見つめて来たレイフォード王子の言葉を一瞬理解できなかった。 「あ、あの殿下も、繰り返している時を過ごしているのでしょうか?」 「過ごしているよ。クリフトに殺されない未来を求めるように何度も! これはきっと神が僕に与えてくれたチャンスなんだ。やはり、そなたも僕と同じなのだなルミエラ」  美しい彼を前にすると、多くの女の子と同じようにときめいた。  それでも、彼に突然呼び捨てにされると嫌悪感を感じる。  彼がどうしてクリフトの元を訪れていたかは納得がいった。  私が初めに思いついたように、クリフトと仲良くすれば殺されずに済むと考えたのだろう。  最も、そのような浅はかな考えはクリフトには見抜かれている気がする。   「私は貴方様の叔父であるスタンリー・モリレードの妻です。そのように呼び捨てにするのはお止めください」 「意外としっかりしてるのだな。確認させてくれ、そなたも何度もクリフトに殺されているのか?」  私は彼の質問に静かに頷いた。  しかしながら、彼と私の回帰している回数は異なるだろう。  私は記憶にある限り2度時を戻った。  たった、2度を何度もとは言わない。  意外としっかりしていると言われてしまったのは、私を歳の離れた男に財産目当てで嫁ぐ軽い女だと思っているからだろう。 「やはり、神は僕にこの世界を正しい方向に導くように助けを求めているのだ」  楽しそうに月夜を眺めるレイフォード王子は幼く見えた。   その姿がなんだか可愛く見える。  何度も殺されるような時を過ごしているのに、彼は明るい。  私は2度の殺された記憶があるだけで、クリフトを見るだけで体が震えだす。  彼は小説『アクアマリンの瞳』を読んでなさそうだ。  この世界を繰り返しただけの男で、自分を世界の中心と思っている。  小説を読んだ私は世界の中心はクリフトだと思い込んできたけれど、そのような考えを笑い飛ばすような明るさに救われた。 「ルミエラ、そなたは笑顔が可愛いな」  突然、顔を近づけられて彼の唇を迎えるように目を瞑ってしまった。  唇に生温かい感触がして、私は自分がしてはいけない事をしたと悟った。 「殿下、ご挨拶の時間ですよ。早く行かないと」  耳に届いた高い声に心臓が止まりそうになり、思わず目の前にいたレイフォード王子を押し返した。  敵意剥き出しのタチアナ嬢がそこにいた。 「ルミエラ公爵夫人、私は貴方と仲良くなりたいと思っています。共にレイダード王国を引っ張っていく女性として⋯⋯モリレード公爵家の協力は殿下の政権になくてはならないものですから。近々、お茶会の招待状を送らせてください」    攻撃的な燃え上がるような彼女の赤い瞳に釘付けになる。  しかし、それは私に罪悪感があるからかもしれない。  タチアナ嬢と舞踏会会場に消えていくレイフォード王子を眺めながら、私は今の状況を整理していた。    レイフォード王子もクリフトに殺害され時を何度も繰り返している。  私にとって死の記憶は2度だけで精神的に限界だった。  彼は非常にメンタルが強い方のようだ。  何度も繰り返してもクリフトに勝てないのに、自分を世界の中心だと疑わない彼を可愛いと思った。 「ルミエラ、いつまでもそのような所にいて⋯⋯寒くないのか?」  低くよく通るスタンリーの声がしたかと思うと、私は彼の上着を被せられていた。夫である彼の温もりを懐かしいと感じた自分に苦笑いが漏れる。  いつから、彼はここにいたのか分からない。もしかしたら、私とレイフォード王子がキスしていたのを見ていたかもしれない。言いようもない罪悪感に苛まれ言葉を失う。 (どうして? 妻の誕生日の前日の晩に浮気をしていたような最低の男じゃない。それに⋯⋯)    驚く程に多くの彼を非難する言葉が頭に浮かんだのに、私は彼を非難できなかった。 「寒いです。貴方が私を抱いてくれないから⋯⋯」  私の言葉に困惑するようなスタンリーを見て心が落ち着く。  感情を見せないように訓練している彼が表情管理をできていないからだ。 「俺も酷いが、君も大概だな⋯⋯」  私は目の前にいるスタンリーに自分から口づけをした。たとえ誰に目撃されても後ろめたいことはない。私たちは夫婦だからだ。  私は自分がレイフォード王子とキスしたという罪悪感を消し去りたかった。  他人が私たちを見る目がどうであれ、目の前のスタンリーの気持ちが気になった。 「私、自分がスタンリー程は酷いとは思わないけど?」 「俺は最低だが、君もかなり酷い。レイフォード王子殿下が気になるのか?」  今、絶対に聞かれたくない質問だった。  確かに私はレイフォード王子が気になる。  しかし、それは繰り返す時の中で彼と恋人のように口付けを交わしたからな気がする。    どのような女性でも、彼のような美しく地位もある男とキスをすれば夢を見るはずだ。 「気になると言えばそうね。これは恋なの?」 「そうかもしれないな。俺は君にしか恋をしたことはないけれど、道徳的に間違っていると理性では分かっていてもしてしまうのが恋だ」  私に手を優雅に差し出しているスタンリーの動揺に気がついてしまう自分が苦しい。  見ていられないくらいに彼の手は小刻みに震えていた。  今まで彼のことなど見ていなかった。  でも、しっかり彼を見つめると、彼が今でも私を想っている事は明白だ。 「最低な感情ね。知りたくはなかったわ」  私の言葉に微笑みながら頷くスタンリーの葛藤を感じて、私は息ができないような感覚に陥った。  きっと、彼も私に恋をしてくれた。  その贖えない気持ちを最低だと罵ったのは私だ。
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