7.本日はお招き頂きありがとうございます

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7.本日はお招き頂きありがとうございます

「本日はお招き頂きありがとうございます」  私は自分が場違いな淡いクリーム色のワンピースを着てきた羞恥に震えていた。 「あら、モリレード公爵家は意外と質素倹約を重んじるのですね」  タチアナ嬢は攻撃的な目で見つめきた。  気の置けない仲間内の会だから、着飾らないようなフランクな格好で来て欲しいと言った彼女の便りは罠だった。  彼女が私を嫌っていそうな事は分かっていた。  近頃考えることが多すぎて、彼女の悪意に気づけなかった。  でも、それは言い訳だと私自身が気がついている。  ただ与えられた仕事をこなしていれば良いだけのメイドであった時とは違う世界がそこにはあった。  色とりどりの花に囲まれたガーデンテーブルには8人程の令嬢たちが座っている。  きっとタチアナ令嬢の取り巻きたちだろう。  そして彼女たちの名前が誰1人分からないのは私の怠慢だ。  私は公爵夫人になってからの4年間、お茶会の招待に応じた事はなかった。貴族の付き合いとか理解できなかったし、最低限のことをこなしていれば良いと思っていた。  皆、煌びやかなドレスを着込んでいる。しつこいくらいに高価なジュエリーを身につけている事で実家の富を競っているようだ。  彼女たちはジュエリー1つ身につけていない私を、扇子で口元で隠すように意地悪に笑っている。 「モリレード公爵家は夫人の散財で実は財政難で苦しんでいるという噂は本当でしょうか? 悩み事があったら、いつでも相談してくださいね。ルミエラ様では解決できない事柄もあるでしょうし⋯⋯」  緑色の髪をした見知らぬ貴族令嬢が、私の事を心から思っているように手を握りしめて訴えてくる。  一撃で私の生まれを非難するような言葉に心臓が止まるような気持ちになった。  どんなに着飾っても私はメイド出身の平民だ。  彼女たちの仲間になれるような日は来ないだろう。  いつも私を引き立てるように努める貴族令嬢たちが周りに存在したのは、全てモリレード公爵家の力だった。  ここはタチアナ嬢の陣地という事だ。  私は世界が反転するような真っ暗な絶望を覚えた。 「マチルダ嬢、我がモリレード公爵家の力を疑うような言葉、しかと受け取らせてもらったよ。そのような信頼関係ならば、すぐにでも君の実家との取引を停止しよう」  聞き慣れた低い声の主は私の夫スタンリーだった。 「公爵様! これは⋯⋯」  明らかに戸惑うような声をマチルダ嬢がだす。  彼女の実家はモリレード公爵家と取引をしているらしい。    今になって、自分がモリレード公爵夫人としての仕事を全くしていなかった事に気がつく。  莫大な財産の管理を前の公爵夫人であるミランダ様はしていたのに、私は何もしていなかった。  貧乏で水たまりの水を飲んで飢えをしのぐような生活をしていたから財産管理なんてできないというのは言い訳にならない。  この4年間、私は贅沢以外のことをしていない。  私はスタンリーと結婚してから、莫大な富を際限なく利用した。  それなのに、それに付随するだろう財産の管理という義務に関してはノータッチだった。 「この会場は私の最愛の妻であるルミエラを辱める為に用意されたのかな?」  スタンリーは私を抱き寄せて慈しむように額にキスをした。 (心底私が愛おしいみたいな目⋯⋯)   少なくともここ3年は私と距離をとっていたようなスタンリーの変化に私は戸惑うしかない。 「そのような事はございません。ただ、ルミエラ夫人が場違いな姿で来られたので参加した令嬢たちが驚いてしまっただけなのです」  胸に手を当てながら動揺を隠しきれないタチアナ嬢が告げている。    私は明らかに彼女の罠に引っかかった。  足を砕かれたところを、スタンリーが来て守ってくれた。 「場違い? タチアナ、そなたは未来の国母に相応しくない見下げた女のようだな。ルミエラ夫人を辱めるように企みの便りを出すとはいただけない。そなたとの婚約は解消させて貰う」  突如現れたレイフォード王子の言葉にあたりは騒然となった。   彼の手にはタチアナ嬢から私宛の文が握られている。 (私の部屋に忍び込んだ?)  まるで悪役令嬢を断罪するような目の前で繰り広げられる劇場に私は見入ってしまった。 「殿下! この程度の事で婚約解消? 私は殿下の為にこの国の膿を出そうと思っただけです。ネズミのような出身をした女が伝統あるレイダード王国の貴族の最高位のように扱われるのはおかしいでしょう?」 「ネズミ? そなたは侯爵令嬢でしかなく、ルミエラ夫人はレイダード王国の貴族の最高位にあるモリレード公爵家の夫人だ。立場を弁えられないような女はそなただ。この程度の事? モリレード公爵家と王家の関わりを知っていたらそのような言葉は出て来ないはずだ」  タチアナ嬢は真っ青な顔をしていた。  モリレード公爵家は王家よりも歴史が古く、後継者はみな王家継承権を持つ。  軽く扱って良いような家紋ではないが、私自身はそこに入れ込めた気がなかった。今でも自分は急に幸運が舞い込んだメイドのような気持ちだ。   「ルミエラ?」  私の様子を窺い見るような殿下のアクアマリンの瞳に心が泡立つ。  レイフォード王子は急に私を呼び捨てにしてくる。  彼は私を回帰を繰り返す同士だと仲間意識を持っているのかもしれない。 「レイフォード王子殿下、聞き間違いかもしれませんが私の妻を恋人のように呼ばないでください。王家の振る舞いによってはモリレード公爵家も協力ができなくなります」  私のときめきを咎めるように、スタンリーは私を強く抱きしめた。   「十分に分かっているよ。叔父上、ルミエラ夫人を大切にな⋯⋯」  敢えてレイフォード王子がスタンリーを叔父上と呼ぶのが分かった。  何も考えずに贅沢をしていた頃には感じなかった様々な感情が押し寄せてくる。  「スタンリー、もう帰りましょ。そういえば、クリフトは今何をしているのかしら⋯⋯」  咄嗟に出た私の言葉に、スタンリーは困ったように笑った。  「年頃の男の子の行動を逐一観察しようとすると嫌われるぞ」  彼の貴族らしくもないお父さんのような言葉を聞いて、何だか恥ずかしいようで嬉しい気持ちになった。
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