8.他の女で発散させられるよりマシよ。

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8.他の女で発散させられるよりマシよ。

 モリレード公爵邸に帰るなり、私はスタンリーにお礼を言った。 「今日はありがとう。それから、邸宅の管理⋯⋯本当は私の仕事よね。これから学ばせて」  先日、離婚したいと申し出たのに、自分でも何を言っているのか分からない。  ただ、4年間私がいかに何もしなくて、スタンリーがそれを何も咎めずにいた事がむず痒いだけだ。  私は今でも彼の事を浮気をした最低男だと軽蔑している。 「君が公爵邸の財産管理をしたいと言ってくれたという事は、離婚する気は無くなったのかな?」 「いえ、ただ私は今ここにいるのなら、自分のするべき事をしなければならないと思い直しただけよ」 「知ってるよ。君は自分の仕事に懸命な人だから⋯⋯」  私の頭を撫でながら言ってくるスタンリーの言葉は皮肉として発しているものではない。  しかし、4年間するべきことをせず、自分の権利だけを行使してきた私をナイフのように突き刺す言葉だ。 「レイフォード王子殿下の事が本当に好きなのだな⋯⋯」 「また、何を言っているの? 好きになっても意味のない方だし、ときめいても一瞬。私はあなたの妻なのよ」 「そうだな、君は確かに俺の妻だ⋯⋯」  以前レイフォード王子に恋しているかという質問に、イエスと答えた事を後悔した。  スタンリーが明らかに気にしている。  彼は本当によく私を見ている。  私が今まで彼を全く見ていなかった罪悪感をひしひしと感じる程だ。    確かに私はレイフォード王子を見る度にときめいてしまっている。  それを恋と言われればその通りだ。  でも、彼とした恋人のような芝居のせいによるものが大きい。  あのような可笑しな演技をしなければ、持つべきではない感情を抱かずに済んだ。  私は彼を自分と同じように間違った道を1度は歩み、なんとかしようとしている同志だと感じている。  きっと、次に会う時は同志としてクリフトに殺される運命を避ける作戦を知恵をだしあって立てるだろう。  もう、間違っても彼とキスなどしない。 「今日も、私の寝室には来られないつもりですか?」  結婚して束の間しかスタンリーは私の寝室を訪れなかった。   彼が若い私に興味を持って、すぐに飽きただけだと片付けていた。  相手をしなくて済んで楽だとさえ思っていた。  でも、今は彼に私の心を見透かされて失望されたからではないかと思っている。  純粋そうに見えたメイドは、欲に塗れた碌な女ではなかったと気づかれただけだと⋯⋯。 「虚しいだけだからな⋯⋯」  そう呟いた彼の言葉は本心だ。  声色、仕草、表情を見て自分が相手の心を察するようになったと感じる。  全ては健太を相手にしていた前世の記憶を取り戻した事による癖だ。 「他の女で発散させられるよりマシよ」 「君はそれで良いのか?」  スタンリーは私の瞳を見入るように見つめてくる。  顔が異常に熱くなっているのが分かった。  彼も私を理解しようと、私の表情、仕草、全ての情報を得ようとしている。  だから、きっと今の気持ちは隠せない。 「夫婦なのに、何か問題でもあるの?」 「そうだな、俺はずっと君と夫婦になりたかった」  スタンリーは本当に酷い男だ。  ついこの前浮気したばかりで、今まで本心を見せなかったのに急に隠していた心の内を見せてくる。 (もっと、早くに心の内を見せてくれれば私だって⋯⋯) 「今日は、一晩中、クリフトについて話しましょうね。私たちの大事な息子なのだから⋯⋯」 「一晩中か⋯⋯話が尽きてしまいそうだ」 「尽きる訳ないでしょ。今まで碌な話し合いをして来なかったのだから。これからクリフトはアカデミーに行くのよ。新生活が始まるの」  私の言葉にスタンリーが笑っている。  あまり見ることのなかった彼の気の抜けた表情に心臓が跳ねた。 (別に話が尽きたら、夫婦でするような事をすれば良いじゃないか⋯⋯)  自分の中に浮かんだ可笑しな考えに首を振りながら、私はクリフトという計り知れない存在を背中に感じていた。    寝台に彼と並んで横たわると、不思議と緊張した。 「クリフト、今日も部屋から出て来なかったわね」 「ふっ、本当にクリフトの話をするんだな」  本当は他にも彼にしたい話、聞きたいことがあった。  彼が今日突然マリソン侯爵邸に現れたのはなぜだか聞きたいが、それを聞けばレイフォード王子にも触れなくてはならない。 「明日からクリフトはアカデミーだから⋯⋯」 「何か他に聞きたい事がありそうだな」 「スタンリーは時を繰り返している?」 咄嗟に出た私の質問にスタンリーは驚いたような顔をした。 「時を繰り返したいのか?」  質問を質問で返されたが、彼は時を繰り返していなそうだ。 (そうなると、私とレイフォード王子だけが時を繰り返している)  私がレイフォード王子に想いを馳せていると、スタンリーが覆い被さって来た。 「今、誰のことを考えていた?」 「クリフトの事よ⋯⋯」 声がうわずってしまって、彼が私を悲しそうな瞳で見るのがわかった。 「嘘をつくなら、もう何も話さないぞ」 「えっ! それは嫌」 咄嗟に出る言葉はいつだって本音だ。 私は今まで避けていたスタンリーと話したいと思っていた。
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