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彼女と俺
「雨あがらないみたいだね、
走ろうか、大丈夫?」
「うん……大丈夫だよ。
玲ちゃん……」
「じゃあ、行くよ!
いち、にの、さん、海、走れ!」
下校途中に突然降り出した雨に
雨宿りをしていた駄菓子屋の軒下から
勢いよく駆け出す彼女。
パシャパシャパシャ……
アスファルトに響く水音。
「玲ちゃん、待って……」
「海、ほら、頑張れ! もうすぐだよ」
「そんなに速いと追いつけないよ……」
ランドセルの肩ひもを両手で握りしめ、
雨にうたれながら……、
俺は必死で彼女の背中を追いかけた。
十歳……小学生の俺と、七つ年上の
高校生の玲ちゃんは、お隣同士。
俺が小さい頃にお隣に越して来た玲ちゃん。
気がつけば、俺は玲ちゃんにいつも
くっついて、周りの大人が姉弟と間違うほど
だった。
俺が十五歳になった頃、
大学を卒業し社会人になった玲ちゃんは、
親元から離れて一人暮らしを始めることになった。
「海くん、元気でね!
ちゃんと勉強するんだぞ」
「わかってるよ、そんぐらい。うるせ~な」
「おい、おい、反抗期?」
「知らね~よ」
「じゃあまたね、海くん。
落ち着いたら連絡するから遊びにおいで」
「ああ……」
照れと恥ずかしさと苛立ちが交差していた
あの頃、確か一言だけ返事をした記憶があった。
もう少し、ちゃんと話せばよかった……と
心の中の俺がそう呟いたんだ。
横石玲子……それが玲ちゃんの名前。
そして、七つ年下の俺、山川海は今年で
十八歳になろうとしていた。
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