74人が本棚に入れています
本棚に追加
春なのに
四月、桜が一斉に開花すると同時に今年も
クラス替えの季節がやってきた。
「海く~ん、おおい、海」
親友、井上大樹が大声で彼の名前を呼び
彼に近づいてくると教室中の視線が
一斉に海に注がれた。
「おい、大樹、そんな大声で
俺を呼ぶな。恥ずかしだろ……
それにクラス替えしたばかりで
まだ皆に馴染めてないのに……」
周囲を気にする海に、大樹は満面の笑みを
浮かべ彼の前の席に座ると、
「え~、それはごめんよ~。海君って
人気者だからさ……その大人びた雰囲気」
「……んなわけないだろ、茶化すなよ」
口を尖らす海に、両手を挙げた大樹は
「ごめん、ごめんって、そんなに怒るな」
と謝った。
すると、彼等の後ろから、
「朝から、相変わらず賑やかね」
と声が聞こえてきた。
「加奈……」
海が呟くと大樹が続けざまに、
「え~、加奈、おまえともまた一緒かよ」
と言った。
「え~ってそれは、こちらのセリフですぅ。
まったく、腐れ縁ってこういうことを言うの
かな~。高校三年間、あんたらとずっと
一緒ってさ……海はともかく、大樹まで」
「なんだよ、海はともかくって……」
加奈の言葉に今度は大樹が口を尖らせた。
「だって~、海とちがって大樹うるさいじゃん」
「なんだと~、このやろ~」
「も~、ほらそんなところだよ。
いつまでたっても大樹はガキなんだよ」
大樹と加奈の口喧嘩を一通り
聞き流した海は、
「はい、はい、もういいだろ?
大樹、加奈、三年目もよろしくな」
と微笑んだ。
すると、教室に担任の先生が入って来た。
「は~い、皆、席につけ~。高校最後の年、
受験を控えた年になるが、クラス全員が無事に
卒業できることを祈ってるぞ!
一年間よろしく。じゃあ、出席をとるぞ」
明るい中堅の男性教師が教室を見渡すと
出席簿を開き、クラスメイトの名前を
読み上げはじめた。
「え~、山川……海(かい)……?」
「いえ、海(うみ)です」
「あ~、失礼、山川海(うみ)」
「はい……」
彼が返事をすると、前の席に座っていた
大樹がくるっと後ろを向き小声で、
「や~、三年間、ものの見事に『かい』読み
だったな……」
と囁いた。
「別に……いつものことだ、もう慣れてるよ」
俺の春は、いつも名前を訂正するところから
始まる。
あの人がこの街を出て行ってから、
三年の月日が流れた。
あの日以来、俺は彼女と連絡が取れなくなった。
親や彼女のご両親に尋ねてみたが、
仕事の都合としか聞かされなかった。
理由もわからないまま俺は……
十八歳、高校三年生になった。
身長も伸びた……。
ねぇ、今どうしてるの?
春になると、あなたのことを思い出す。
活発で、笑顔が似合う……
そして、運動神経抜群のあなたのことを……。
最初のコメントを投稿しよう!