春なのに

1/1
前へ
/126ページ
次へ

春なのに

 四月、桜が一斉に開花すると同時に今年も クラス替えの季節がやってきた。 「海く~ん、おおい、海」  親友、井上大樹が大声で彼の名前を呼び 彼に近づいてくると教室中の視線が 一斉に海に注がれた。 「おい、大樹、そんな大声で 俺を呼ぶな。恥ずかしだろ……  それにクラス替えしたばかりで まだ皆に馴染めてないのに……」  周囲を気にする海に、大樹は満面の笑みを 浮かべ彼の前の席に座ると、 「え~、それはごめんよ~。海君って 人気者だからさ……その大人びた雰囲気」 「……んなわけないだろ、茶化すなよ」  口を尖らす海に、両手を挙げた大樹は 「ごめん、ごめんって、そんなに怒るな」 と謝った。  すると、彼等の後ろから、 「朝から、相変わらず賑やかね」  と声が聞こえてきた。 「加奈……」   海が呟くと大樹が続けざまに、 「え~、加奈、おまえともまた一緒かよ」  と言った。 「え~ってそれは、こちらのセリフですぅ。 まったく、腐れ縁ってこういうことを言うの かな~。高校三年間、あんたらとずっと 一緒ってさ……海はともかく、大樹まで」 「なんだよ、海はともかくって……」  加奈の言葉に今度は大樹が口を尖らせた。 「だって~、海とちがって大樹うるさいじゃん」 「なんだと~、このやろ~」 「も~、ほらそんなところだよ。 いつまでたっても大樹はガキなんだよ」  大樹と加奈の口喧嘩を一通り 聞き流した海は、 「はい、はい、もういいだろ?   大樹、加奈、三年目もよろしくな」  と微笑んだ。 すると、教室に担任の先生が入って来た。 「は~い、皆、席につけ~。高校最後の年、 受験を控えた年になるが、クラス全員が無事に 卒業できることを祈ってるぞ!  一年間よろしく。じゃあ、出席をとるぞ」  明るい中堅の男性教師が教室を見渡すと 出席簿を開き、クラスメイトの名前を 読み上げはじめた。 「え~、山川……海(かい)……?」 「いえ、海(うみ)です」 「あ~、失礼、山川海(うみ)」 「はい……」  彼が返事をすると、前の席に座っていた 大樹がくるっと後ろを向き小声で、 「や~、三年間、ものの見事に『かい』読み だったな……」  と囁いた。 「別に……いつものことだ、もう慣れてるよ」  俺の春は、いつも名前を訂正するところから 始まる。    あの人がこの街を出て行ってから、 三年の月日が流れた。  あの日以来、俺は彼女と連絡が取れなくなった。  親や彼女のご両親に尋ねてみたが、  仕事の都合としか聞かされなかった。    理由もわからないまま俺は……  十八歳、高校三年生になった。    身長も伸びた……。  ねぇ、今どうしてるの?  春になると、あなたのことを思い出す。  活発で、笑顔が似合う……  そして、運動神経抜群のあなたのことを……。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!

74人が本棚に入れています
本棚に追加