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夕飯を食べ終えた海は二階の自分の部屋から
ベランダに出ると、いつもは暗いお隣の部屋から
灯りが漏れているのがわかると嬉しそうにはにかんだ。
隣に……玲ちゃんがいるんだよな……。
三年ぶりか……玲ちゃんと会うの。
玲ちゃん……いや、待て! 玲ちゃん呼びはまずいだろ。
相手はいい大人だ。
それに……俺も、もうガキじゃない。
まだ高校生だけど……。
さっきは、驚いて玲子さんって呼んだけど、
うん……明日からは玲子さん呼びに統一するか。
海がそう考え、夜空を見上げた時だった。
カラカラカラ……。
隣からベランダのガラス窓を開ける音が聞こえてきた。
海が隣を見ると、上下ジャージ姿の玲子が姿を
現した。
海に気づいた玲子が、
「あ、海くん、こんばんは」
とぎこちない挨拶をした。
「あ~、こんばんは」
「……」
「……」
夜の闇に流れる沈黙の時間……。
「やっぱり、こうなるよね。
三年も連絡しないと」
玲子が口を開いた。
「うん、まさしく……その通り」
「本当にごめんね、連絡しなくて」
「仕方ないよ。仕事の都合なんでしょ?」
「え? う、うん。そうだけど」
「おじさんやおばさんやうちの親から
聞いたから。
結局何の仕事してるかは知らないけどね」
「そう……か」
「でも、二ヶ月も休めるって、本当に凄いよね。
大企業なんだな……」
「そうだね……」
「俺はさ、高三になったけど、今だ進路未定。
部活ももうすぐ引退だし……」
「部活? 何してるの?」
「陸上……中距離のね」
「陸上……何で?」
「それは……」
口ごもる海……。
「そうかぁ~、海くんも青春してるんだ。
彼女とかできたの?」
「それ聞く? 三年ぶりに会ったばっかなのに」
「ああ、ごめん、ごめん」
「それより玲子さん、そのジャージ、高校の時の
ヤツでしょ?」
「え? そうだけど。よく覚えてるね」
「覚えてるよ。いつもそれしか着てなかった
じゃん、まだ着られるの?」
「物持ちがいいといいなさい!」
「はい、はい」
「玲子~、手伝って~」
母親が彼女を呼ぶ声が聞こえていた。
「お母さんが呼んでる。
じゃあ、海くん、おやすみ」
「おやすみ」
玲子は、室内に入るとベランダの窓を閉めた。
夜空を仰いだ海は、
玲子さん……俺が陸上をはじめたのはね、
あなたに追いつくためなんだよ。
と心の中でそう呟いた。
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