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東に言われ頷いた玲子は、
海の目の前に座るとゆっくりと
話し始めた。
「海くん、あなたも聞かされてると
思うけど、私は警視庁直轄、
公安課所属の警察官。
そして、その中でも主に特殊任務を
専門とする部署に配属されている」
「特殊任務?」海が聞き返した。
「私は、特殊任務専門の潜入捜査官」
「潜入捜査官って……」
「凶悪犯や、密輸組織の内部に潜入し
内偵捜査を行い組織を解体するまで
追い詰めるのが仕事……」
「じゃあ、市原……さんと行動を共に
してたのは……」
「彼が所属する組織にルミという偽名で
潜入して色々探ってたわけ。
彼は海外を拠点とする組織の幹部。
彼の後ろには巨大な闇が潜んでいる。
だから私はその闇を暴くために
市原に近づいた。
ここ最近、彼は香港と日本を頻繁に行き来
しているの。
近々、巨額のお金が動く取引がこの日本で
行われる。だから、その前にヤツらを
一網打尽にできたらって……」
玲子が拳を握りしめた。
「それで、俺等は二手に分かれて
捜査してるわけ。
俺と如月さんは外部から。
そして横石は内部から。
でも、承知の通り市原をはじめ奴等組織は
拠点を次々と変えながら移動している。
市原を支える兵隊も、次から次へと
湧いてくる……。
いつどこで身元がバレるかわからない
状況の中で親にも友人にも恋人にも
本当の仕事を明かすことなく。
そして、奴等に我々の気配を
悟られないように。
この部屋を見たらわかるだろ?
独身女性の部屋とは到底思えない……。
俺達は、奴等に気づかれたらいつでも
姿を消せるようにいくつかの拠点をもって
動いている。
言い換えれば、奴等と同じってことだ」
東が海の肩に手を乗せると耳元で呟いた。
「玲子さん、俺……頭の中が渋滞してて、
どれがどれだか……わかんないよ。
でも、玲子さんが俺に連絡先を教えて
くれなかったり、実家に何年も帰って
来なかったりした理由はわかったよ」
海が玲子の顔を見ながら呟いた。
「ごめんね。今まで黙ってて。
海くんや実家の両親のことを考えると……
気持ちが緩んでしまうから……
危険や死と隣り合わせの日常だから
少しの油断も命取りになってしまう。
でも、海くんが目の前に現れて、
そして、市原があなたを店に連れて
来た時は肝が冷えたわ」
「そうだよ、俺も君が店の前に現れた時には
心臓が止まりそうなくらい驚いた。
俺たちの日常に無縁の普通の大学生が現れたからね。
どうして? って感じだよ」
東が海に尋ねた。
「えっと、それは……さっきも言ったけど、
俺にも詳しくはわかんないんです」
「でも、市原……さんは、俺に何かを
させようとしてるのだけはわかるんですよね。
だから、俺……玲子さんに協力します」
海の言葉に驚く玲子と東……。
「海君、君、自分が言ってる
意味わかってる?」
「はい、もちろん」
「危険を伴うし、下手すれば命を
落とし兼ねない」
「はい、わかってます」
手のひらを上に向け首を傾げる東。
「海君、いいかい? 君は民間人だ。
それも、大学生……そんなことさせられるか」
東の言葉に続けるように海は、
「だって……俺、玲子さんの力になりたい。
あなたの背中を追って走りながら、
そう思ったんです。
俺にできること、あるんじゃないかなって」
黙っていた玲子が静かに口を開くと、
「危険するぎる……それに、海くん……
あなたを巻き込みたくない。
ただでさえ、本来身分を明かすことが
できないことをあなたに話した。
それだけでも異例なことなのに」と呟いた。
「でも……俺……」
海が玲子の目を強く見つめ拳を握りしめた。
「素人のあなたに……子供に任せられるほど
簡単なことじゃないの!」
玲子が語気を荒げた。
「……」
黙り込む海を東がなだめるように、
「海君、横石の気持ちをわかってあげて」
と海の肩を抱き寄せた。
ブブブブ……。
玲子の上着のポケットから着信の音が
聞こえスマホの画面を見た玲子は、
東の顔を見ると無言で頷き、彼は海が声を
ださないように口元を手で塞いだ。
「もしもし……」
玲子が話すと、スマホからは市原の声で
「ルミ、俺だ。逃げ切れたか?
今どこにいる? 山川海君はどうした」
と彼の話声が聞こえて来た。
玲子と東が目を合わせると東が首を
横に振った。
「無事に逃げ切れた。
でも、あの子は逃がした。
足手まといになりそうだったから」
玲子がそう答えると市原は、
「そうか……逃がしたか……」と呟いた。
「随分、あの子のことが気に入ったのね」
「ああ、あの子は特別だよ」
「理由を聞かせてよ」
「いずれわかるさ……それより今夜は互いに
別々に行動したほうがいい。
警察の包囲網を抜けるためにな」
「わかった……」
そう会話を交わした玲子と市原は
通話を終了した。
海の顔を見ながら玲子が、
「そういうことで、海くんとは
ここでお別れ。
東、悪いけど海君を送ってって」
「はいよ! 海君行こうか……」
東が海を連れて部屋を出ようと促すと
海が振り向き、
「玲子さんは……どうするの?
市原さんのとこに戻るの?」と尋ねた。
「海君、横石は戻るのではなく、
任務を再開させるんだよ」と東が呟いた。
「海くん、またね……」
優しく微笑んだ玲子が呟いた。
ガチャン……。
玲子のいる部屋のドアが静かに閉じた。
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