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「では…こちらへどうぞ」
「おじゃまいたします。あぁいえ、お気遣いなく、少々したらお暇させて頂きますので。」
母には一応話を通してあったので、お茶とお茶菓子くらいは出してくれた。もちろん少し不機嫌そうではあったが。
「どうしましょう、先に僕の部屋を探しますか?」
「いえ、その必要はございません。恐らく三好様…失礼、蒼様の部屋にはないと思われますので。」
そう言ってマスターは母の方をちらりと見た。
「申し訳ありません、お母様、少しお話お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私が知ってることは何もないですよ。息子がどこかで勝手に失くしたんでしょう。すみませんねぇ、お手を煩わせてしまって。」
やはり少し機嫌が悪い、早く帰って欲しいのが丸わかりだ。
「いえ、あなたは知っているはずですよ。貴方が旦那様へ贈った懐中時計の在り処を。」
「…なぜ私があの人へ贈ったことを…」
それは僕も初耳だった。そんな話は母から一度も聞いたことがない。
「蒼様から少しお話を聞かせていただきました。旦那様が肌身離さず持ち歩き、大切にしていた懐中時計だと。」
「…確かにずっと持っていましたけど…それがなんなんです?」
「少し推理をさせていただきました。蒼様から見せていただいた旦那様の写真は恐らく学生時代のものですよね?」
「あっ!そうです。確か写真の裏に『文化祭、友人と』って書いてありました!」
「そうなるとあれは学生時代から所持していた、つまりお仕事で買った、等のものでは無いことが分かります。」
「…確かにそれはそうかもしれませんけれども、それだけで私が贈ったとは…」
「旦那様とは学生時代からのお付き合いだとお聞きしました。恐らく、当時お付き合いされていた時に贈られたものでしょう。」
「…他にも友人から贈られた可能性だってあるじゃない」
「大切な友人であったとしても、何処へ行くにも肌身離さず、お守りのように持ち歩く程のものだとするには、懐中時計はあまり考えにくいとは思われませんか?」
「そんなの私が贈ったとしても同じでしょう!」
「…いいえ、大切な恋人、妻から贈られた懐中時計は何よりも大切なものになってもおかしくないと思いますよ。」
「……そんな…こと…言われても」
母は少し動揺したように見えた。思ってもみなかったからだろう。
「それに…旦那様はあまりこちらへ帰らず海外へ行っていたそうですね。」
「…そうですよ!家にも全っ然帰ってこずに連絡だってほとんどない!蒼だってまだ幼かったのに…」
「それはとてもお辛かったと思います。ですが、それは恐らく旦那様も同じです。」
「え…?」
「仕事で愛する妻や息子にも会えず、海外を飛び回る日々。それは辛く、寂しかったと思います。」
「…どうして海外へ行くのに懐中時計を持ち歩いていたと思われますか?携帯電話だってあったのに。わざわざ色々な国の時間に合わせるのも大変でしょう」
「それは…分からないわ…」
「旦那様は恐らく懐中時計の時間を変えてはいなかったはずです。日本時間から」
「え…どうして?」
「唯一の繋がりだったからですよ。愛する妻と息子さんとの」
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