貴女に捧げるこの歌を

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「で」 【できたあああああ!!!!!!】  元気な声が響いてる。それを隠すこともなく、くすくす笑っていれば声はアンタも喜びなさいって〜!! なんておどけた声を上げた。  あの日から3ヶ月近く経っている。放課後の度に準備室にこもってああだこうだと1人と1冊で議論する。作曲という作業は想像以上に難しく、しばらく専門書を読み込んだり、ピアノにつきっきりになったりの日々を過ごしていた。  私がそんなふうだったからか、周りはついに頭がおかしくなったとも思ったらしい。先生たちもクラスメイトも、困りに困って声すらかけられず、先輩なんて無視し続けていればいつの間にか消えていた。嫌がらせも前よりももっと程度も低く、威力のないレベルに落ちた。  まぁ、私にダメージを与えたかったのなら、今の私の現状は笑えるんだろうな。冷静にそう判断をする中で、声だけは脳内でずっと怒ってくれていた。  それだけで良かった。他なんてもう、気にする価値もない。  そうして、今日。ようやく満足のいく歌が出来上がった。作詞は楽譜。作曲は私。合作の歌だ。  自画自賛にはなるが、初めて作ったにしてはいい歌にできたと思う。一回聞いただけでも耳に残りやすいリズムに、未来への展望を歌う力強くも優しい応援歌。  本当に、これが死を運ぶなんて思えないくらい。 「これなら、死ねるのかな」 【……ん。と、思うけど】 「自信ない?」 【あ、あるって!! アンタが直してくれたおかげで、本ッ当に、やっばいぐらいよくなったじゃん!…………だから、その、……マヂで、死ぬ。きっと】 「そっか」  どこか誇らしい気持ちになりながら、私は作り上げた楽譜のページを捲った。  清々しい気分だった。あのとき、あんな気持ちの悪い感情のまま衝動的に死ななくて良かったとすら思う。こんな風に思えたのも、声のおかげ。  だから、この作り上げた歌で一番に死にたいと思った。誰にも渡したくない。そう思うのは、何だか嫉妬染みた感情にも思えてしまって、それもまたおかしくて。  規則正しくメトロノームが鳴っている。何度も何度も繰り返した旋律を口ずさむ。そうして、息を吸う。歌を、歌う。迷いはない。苦しみもない。ただ、満足感が胸中を占めていた。きっと、私の人生の中で一番の歌声になっている。その自覚すらある。  けれど、そんな私の歌を止めたのは、ぐすぐすと泣きじゃくる声だった。 「ど、どうしたの? 変だった?」  思わず問いかけてしまう。すると、声は泣き声のまま答えた。 【あ゛ん゛た゛か゛し゛ぬ゛の゛、や゛た゛】 「えぇ…………」  死を運ぶ楽譜としてどうなんだろう、その感情。  呆れてしまうものの、心のどこかでは納得じみた思いもある。この人よりも人らしい楽譜が、ここまで関わった人間を死なせることが出来るのだろうか、とは疑問だったから。 【ただの人じゃないじゃん!! もうさぁ、あた、アタシは、さぁ! と、友だちだと思ってる、じ!!】 「友だち。……私、が?」 【だから、やだ!!!】  うわんうわんと声は泣く。けれど、その合間合間に必死に言葉を紡いでくれる。 【アタシこんなんだから! どうせそのうち消えるだけだったんだよ! 最初はさぁ、アンタのことも、もう歌った判定にして死なせようかなぁって思ってたぐらいだし!】 「そう、なんだ」 【でも、でも、アンタは、あんな歌を頑張って歌おうとしてくれるし! 歌えたときは、ちゃんと歌にしてくれたってめっちゃ嬉しかったし!! 】 「……うん」 【い、一緒に歌作れて、アタシは、すっっごくたのしかった】 「私もだよ」  泣き声は続けた。 【アタシは、こんなのだけどさ。アンタは違うじゃん。あんなに凄く歌えるのに、今ここで、アタシだけがそれを聞いて終わりなんて、そんなこと絶対にダメ】 「でもこの歌は、貴女と一緒に作って、貴女にだけ聞いてほしいよ」 【ならさぁ、もう、ほんとのほんとに最期にしようって! アタシ、そのときには絶対傍に行くし!】 「最期……」  【だからそれまではさ、その歌声で全部ねじ伏せて、好きに生きてよ。アタシは、アンタが歌ってくれる姿が好き。あんなに楽しそうに歌ってくれるなんて、アタシがアタシである以上、絶対、見れないと思ってた、から、さ】  告げられた言葉のひとつひとつが私の胸に積み重ねられる。何か言葉を探すのに、適切なものが見つからなくて、私はただただ、黙ってその話を聞いていた。  やがて、小さな笑い声が響く。 【頑張って、アタシの、友だち! アタシも、せえいっぱい力になるからさ!】  それだけ。一瞬の間に、それだけを残して声は消えた。手に持っていた筈の楽譜も消えて、私だけが残された。  いや、だけではない、のか。あぁ、と。意味もない言葉を吐いて、頭をぐしゃりとかく。そのまましゃがみこんで大きくため息をつき、滲む視界を無理やり拭った。   「言い逃げは、ずるい」  守らざるを得ないだろう、と。私の決意は、確かにそこから産まれた。
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