貴女に捧げるこの歌を

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 歌えなくなった。あれだけ好きだった歌うという行為があんな戯れ言1つで出来なくなってしまった。   『歌ってるときの顔必死すぎ、キモ』    そんなことないよ、と教師は言っていた。アレはどう見たってやっかみだよね、とクラスメイトは言っていた。気にする必要ないよ、と名前も知らない先輩が言っていた。多くの肯定意見はあふれているのに、たった1つの悪意ある言葉がしこりのように残り続ける。    繰り返し。繰り返し。繰り返し。言葉を気にしないように、としていればそれは行動となり襲ってきた。幸いなことに直接的に身体を傷つけられる方法では無かったけど、細かであれど傷はつき、精神はすり減る。そんなことが続いていくと、周囲も次第に私に関わろうとするのを止めたらしい。    あんなこと気にしなければいいのに。普段お高くとまってるからでしょ。打たれ弱い。そんな些細な悪意もないのであろう外野の言葉。  あの子たちに注意してみたけど、そんなことしてないって言ってたのよ? そこまでやる子たちには思えないわ。そんな無責任な教師の言葉。  困ってたら俺に頼ってくれないかな。君の力になりたいんだ。そんな形だけの身勝手な元凶の先輩の言葉。  そうして原因の言葉は延々に。    私はこんなに弱い人間だったのか。歌うことが好きだった。周囲の煩わしい声をねじ伏せて、私の感情をありありと伝えるための方法。ただそれだけで良かったのに、どうしてそれすら奪われなくちゃいけないのか。    漠然と死んでしまいたいと思った。それは連日の中傷に疲弊してたこともあるだろうし、執拗に今、歌えない私に歌うことを強要してくる迷惑な先輩のせいでもあっただろう。思春期特有の不安定な感覚もおりまざってぐるぐるかき混ぜ、正体不明の何かが心の奥底にずしんと出来上がる。それを抱えているのは、どうしたって苦しい。息が詰まりそうなほどに。  ただ、そんな中でも痛い死に方は嫌だな、なんて妙な文句をつける元気は微かにあった。出来るのならば、楽に、誰にも気づかれずに、あっさりと。……そんな注文通りの死なんて出来るんだろうか?    否、唯一心当たりがあったのだ。この学校にある七不思議のひとつ。歌うと死を運ぶ楽譜の話。…………言い訳をするとすれば、このときの私は真っ当な思考回路をしておらず、目的に沿った方法を知っていたからそれを選んだだけ。本当か嘘かすらどうでもよく、言ってしまえば現実逃避の産物。    だからこそ、盲目的に妄信的に狂気的に。放課後の音楽室、その準備室にて1人でその楽譜を探し続けた。
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