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スパンコール 8
風の強い日だった。海岸沿いをドライブしていると、ときどき車が煽られてふわりと揺れた。2人できゃあきゃあ言いながら適当に走って、有名な展望台で常磐さんは車を停めた。
「依ちゃん、今日元気なくない?」
シートベルトを外した常磐さんは明るく言った。
「そんなことないですよ?」
「ふうん?」
女子大生はいろいろあるもんね、と常磐さんは付け足して、うーんと思いっきり伸びをした。
昨日の今日で気持ちは落ち着かなかったけど、ドタキャンするのも嫌で無理やり来たのはお見通しだったみたいだ。
「常磐さんと一緒に出かけるの夢だったから嬉しいです」
「そう?ありがと」
常磐さんは屈託なく笑った。
「ていうか、今は『常磐』じゃないんだけどね」
何でもないように常磐さんは告白した。
「私、離婚したの。だから今は旧姓に戻って『櫻田』。都合上『常磐』で通してるけどね」
灯里ちゃんが言ってたのは本当だったんだ。知っていたけど、いざ本人の口から聞くと重みが違う。
「旦那のことは好きだったけど、バンド活動をよく思わなくて。言い争うのも疲れて、別れちゃった……って、若い子には重いよね」
「そんなこと……」
私は俯いた。経験の浅い私が何を言っても、言葉は軽く浮いてしまう。
「だから頑張りたかったのに、うちのバンド解散するんだ」
私は思わず振り返った。
「びっくりでしょ?離婚したとたんこれだもん。引っ越しでお金は飛ぶし洗濯機も壊れるし、いろんなことがうまくいかなくて、やけっぱちで入ったコインランドリーに依ちゃんがいたんだ」
彼女は話し続ける。
「依ちゃんは私が何を話しても楽しそうに話聞いてくれて、バンドのことも褒めてくれて……私のしてきたことは間違いじゃなかったって救われた。おまけにこんな場所まで付いてきてくるし」
ふふ、と彼女は楽しそうに笑った。
「次のライブが終わったら実家に帰るよ」
「それって、櫻田さんにもう会えないってことですか?」
「その前に依ちゃんにお礼を言いたかった」
櫻田さんは私を向いた。
「私を救ってくれてありがとう」
櫻田さんは目を細めて切ないように笑っている。
なんて言っていいか分からない。お礼を言われるようなことを私はしていない。ただ私は、櫻田さんと、櫻田さんの音楽が大好きで――。
「帰ろっか」
彼女は再びエンジンをふかした。強風に煽られて車が揺れる。車内に流れる知らない洋楽。沈黙を紛らわすにはちょうどいいけれど、ちっとも心に響かなかった。
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