鬼と吸血鬼の買い物

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鬼と吸血鬼の買い物

 この世界に来た時と似た列車に、ロチは揺らされていた。車窓の景色はあの時とは違い、山を抜け様々な駅に停まりながら様々な魔界のものを運んでいる。魔界の空はいつものように曇っており、天界の光は差していなかった。 「ねぇ、今日はどこにいくの?」  ロチはエリジェーベトに地名を聞いたものの、よくわからなかった。 「今日はね、強欲地域の中心街に行くのよ。あそこはね、色んなもののお店がたくさんあって、知り合いの店も沢山あるから沢山買い物できるのよ〜。」  強欲地域のことは、マゲイルから少し聞いたことがあった。各地域にはそれぞれ治める悪魔がおり、強欲地域はアマイモンという人間の不正の富を欲する人間の魂が集結した悪魔が治めているらしい。そんな悪魔が治める地域はどんなものか、想像がつかなかった。  エリジェーベトと喋りながら列車に揺らされ、その間に車窓の景色は移り変わってゆく。山から村へ、村から街へ、街から、様々な反射光が輝く魔界らしからぬ都市への変化を、ロチが見ることはなかった。目的の駅に近付くと、エリジェーベトと共に入り口の方へ向かった。停車した客車から沢山の悪魔たちと共に降りた先は、学校の駅舎とは全く異なる様相をしていた。壁は滑らかな感触を覚えそうな艶を持ち、大きく派手な張り紙を至る所に構えていた。足を進めていくと、切符を駅員に見せる場所を通り、その先には仄かに光を放つ柱や小さい売店、そし川のような人の流れに二人は乗っていく。ロチはその人の多さは何か特別なことでも起きるのかと思ってしまうが、エリジェーベトの顔を見た限りいつものことであるようだった。   人の川から抜け、駅舎を出ると、そこは魔界ではなかった。空から東の魔界で見た太陽のような光が降り注ぎ、その光を反射する大きな建物が沢山聳え立っていた。 「ロチ、どこから行こうか?」  エリジェーベトがそう尋ねたものの、ロチにはどんな店があるかなんてわからなかった。 「うん……まずは学校で使うものが欲しいかな……。」  今思いつく欲しいものはそれだった。それを聞いたエリジェーベトはにっこりと笑った。 「わかった。じゃあ、色んなお店が集まっているところ行こっか。そこなら色々買えるのよ。」  そう言われると、エリジェーベトについていった。  色んなお店が集まっているところというのは、いわゆるショッピングモールと呼ばれるものだった。ロチはそのようなものを初めて見たため、箱の中に小さな町があるように感じた。その中に入るとエレベーターで上階に向かった。それすらも初めて見たものだったが、学校の外に出た時点で初めて見るものばかりだったのでロチは何も考えないことにした。  エリジェーベトと共に向かった店は生活用品から文房具まで様々なものを取り扱っている場所だった。まずは文房具を見ていった。ロチは今まで鉛筆を使っていたが、エリジェーベト曰く学校では羽ペンを使うことが決まりらしく買うことになった。その店の羽ペンコーナーは主に魔力が込められた自然にインクが補充されるものが置かれていた。ロチはとりあえず学校推奨と謳われているペンを見ていた。ベーシックな黒い羽から可愛らしい明るい色の羽まで様々なものがロチの目に映っていた。ロチはあまりこのような明るい色のものを持ったことがなかったが、何となく綺麗と感じた青色の羽ペンを手に取った。 「それ可愛い〜。」 そんな感想を漏らすエリジェーベトと共に、生活用品売り場に向かう。ロチは東の魔界から来る際に自分の荷物は持ってきてはいたものの、家にあった書籍や実験器具はは殆どレツのものであったため、持ってきたものといえば着替えの下着や服、手帳、布切れ程度だった。風呂は湯を待った桶の中で体を吹く程度で布切れさえあればよかったが、寮の大浴場はアマイモンが広めた現世の極東のものであり、布切れだけではなく自分用の洗髪剤や石鹸、その他色々必要だった。 「私のおすすめはね、これ!」  迷っているロチに対してエリジェーベトが見せたのは、ツルツルした黄色い桶に布切れや石鹸と洗髪剤の入れ物がセットになっているものだった。 「うん、それにするよ。」  これなら1つ買えば風呂の道具は揃う。ロチはあまりこのような買い物はしたことがなかったが、何となくこれを買えば良い気がした。中の石鹸はや洗髪剤の中身は学校の店で買えることをエリジェーベトに教えられながか会計をすると、次はエリザの知り合いの店に向かうことにした。  ショッピングモールから出た空は相変わらず明るく、魔界であることを忘れそうになる。そんな明かりが降り注ぐ強欲の道には、至る所にマゲイルからもらったような袋が落ちていた。行き交う悪魔たちの中にはそれを嬉々として拾うものを度々見かけあ。 「エリジェーベト、あの袋は何?」 「あ、あれ。あれはアマイモン様が撒いているお金が入った袋よ。堕落と経済を回すために5万カインが入っているのよ。」  そう説明したエリジェーベトは当たり前のように拾った。ロチはその行動にギョッとしたが、エリジェーベトの手にはロチの分まで乗っていた。自分のために拾ったものを無碍にすることは、ロチにはできなかった。  エリジェーベトの言っていた店は、彼女の趣味が詰まったような店だった。西の魔界の古典的な服装をアレンジし、今風にした服。それがエリジェーベトの趣味であることは日々の服装からわかってはいたが、その服を知り合いの店で買っていたことは知らなかった。 「エリザ、久しぶり。」 「久しぶり、ローザ。」  店に入ると奥からローザと呼ばれた吸血鬼の女性が出てきた。その女性も普段のエリザのような服を着ており、その黒は青白い肌を余計に際立たせていた。 「今日はお友達も一緒?」 「ええ、新しく学校に来た子なの。ロチっていうのよ。寮も同じで、まだこっちの生活に慣れてないから一緒に買い物に来たのよ。」  そう言われたローザは軽い会釈をロチにする。ロチもつられて会釈をしたが、この二人の関係はよくわからなかった。 「今日はそのこの服を買いに来たの?」 「そうよ。ここなら私みたいな服から軽い服まであるから、買えるかなと思って。」 「そうなのね。だったらロチちゃんのサイズとか色々調べましょうか。」  不意に名前を呼ばれたロチは少し驚いてしまったが、自分の服を買いに来たのだから仕方がない。出かける前にロチの服を一緒に見たが、ロチの服は今着ている制服の替えと持ってきた万能服くらいしかなかった。この服を見てエリジェーベトはこの店で買うことを決めたようだった。ロチは店の奥に行くと色々ローザから聞かれた。そこでわかったことは、ロチは自分の身長も体の様々なサイズも全く知らないということだった。その点に関してはローザは優しかった。まず店の奥にある測定器で測り、様々なサイズも丁寧に測ってくれた。次に普段着として使える服を選んでくれた。ローザが選んだ服は、エリジェーベトのものとは違いスカートは飾りがあまり無く、代わりにブラウスに飾りが沢山あるものだった。着てみると見かけに寄らずロチ一人で簡単に着れるものであり、洗濯も簡単なものだった。 「ロチ、ものすごく似合ってるよ!可愛い〜。」  そう言われるとロチは少し照れてしまった。ロチはこの服を気に入った。早速買おうと会計をしようとしたが、マゲイルからもらった分では足りなかった。だが、先ほどエリジェーベトが拾ったお金があれば借りた。ここで会計を断ることは、ロチにはできなかった。ロチは抵抗する手に逆らってそのお金で足りない分を補った。エリジェーベトはロチの後から自分のものを拾ったお金で買っていた。  そのあとは行きつけの下着屋や本屋に行った。特に下着屋では、ロチが持ってきた下着が心許ないという理由でエリジェーベトはかなり厳選していた。ロチにとってはあの下着は特に問題はなかったが、西の魔界では本当に心許ないものなのだろう。服の時と同様にサイズを測った。その店の店員さんもエリザの知り合いの店のように優しかった。下着を選び終わったあと、その下着屋は2階に寝巻きも売っておりエリジェーべとは寝巻きも買おうと言った。もはやエリジェーベトにとってはロチのほぼ全てが心許ないのだろう。ロチはそんなエリジェーベトはレツとは違う何かを感じた。  本屋では様々な本を見た。ロチは東の魔界にいた頃、レツに西の薬草本を通して言葉を教えてもらった。そのおかげか発音はともかく何を言っているのか、何を書いているのかは大体は理解できる。ただ、たまにエリジェーベトの口から漏れる慣用句のような言葉はよくわかってはいない。ロチはしばらく物色していたが、最近薬草に触れていなかったため薬草の種類に関する本を買った。  様々な店を見て疲れ始めた2人は、レストランに入った。そこは家族から恋人、友達、1人、どんな悪魔も利用するようなところだった。ロチは普段の寮の食事で慣れ始めてはいたが、西の食事は中々合うものがなかった。エリジェーベトとメニューを見ていると東の食事を見つけた。味噌汁に白米、魚の塩焼き、漬物にお茶とロチが東の魔界にいた頃に偶に食べていたものだった。ロチがそれに決めると、エリジェーベトは血液の飲み比べに決めた。  料理を待つ間、ロチはレストランを眺めていた。レストランは寮の食堂とは違い明るい色を基調とし、東の魔界の光を思い出した。 「ロチ、こっちにきてどう?」  エリジェーベトにそう切り出され、ロチは一瞬戸惑った。エリジェーベトからそのような質問は、今まで出てこなかった。 「そうだね……、だいぶ慣れたかな……..。」  寮のことや生活のことを気にかけてくれ、買い物にまで連れて行ってくれるエリジェーベトに戸惑っているとは言えなかった。思えば、レツでもここまでやってくれることはなかった。ロチから見たエリジェーベトは大人びいていて、なんでも知っているように見えた。 「あのね……、私ロチがどう思ってるのか気になっちゃうの。私ね、屋敷でもお世話してくれる人以外男性ばかりで同い年の女の子と関わったことなかったの。寮生活になってからも寮生はトビアだけで、女の子いなかったんだ。だからロチが来てくれて嬉しかったの。だからロチが困ってたら助けたいって思って……。でもロチ、結構控えめで部屋に戻ったらすぐに寝ちゃうし、どう思ってるのかなって……。嫌だなって思ってるのかなって……。」  エリジェーベトは静かに、少し悲しそうに話した。ロチは今まで、こんなエリジェーベトは見たことがなかった。確かに思い返してみれば、ロチはエリジェーベトに対してあまり大きな反応ができなかった。マゲイルの課題に慣れない生活、トビアの態度とレツのことが気がかりで疲れていた。 「嫌だと思ってないよ!むしろ知らない人だらけのところで、なんでも教えてくれて今日みたいに買い物にも連れてきてくれてありがたいと思ってるよ。私も色々慣れないことが多くてあまりエリジェーベトに気持ちが向けられてなくて、ごめんなさい。」  それを聞いたエリジェーベトの瞳は少し潤んでいた。ロチはそれを見て戸惑ったが、その瞳は安堵のものであるとすぐにわかった。 「ううん、大丈夫よ。ロチがそう思ってくれているならそれで嬉しいの。これからはエリザって呼んで。友達にはそう呼んで欲しいの。」 そんな会話をしてると料理が運ばれてくる。ロチが頼んだものは見た目は東の魔界のものそのものだった。エリザが頼んだ血液の飲み比べは様々な血液らしき赤い液体が、幾つもの小さいグラスに入っていた、その血液はよく見ると色が異なり、赤と一口に行っても様々な色であった。 「ん〜、どれも美味しそう。ロチのも美味しそうね。いただきましょ。」 「そうだね、エリザ。食べよ。いただきます。」  ロチはまず味噌汁を啜る。その味噌汁は、出汁が行方不明になっていた。具は仕事をしておらず、口に入る前に消えてしまう。味噌汁ではなく、味のある白湯だった。口直しに白米に手を伸ばし頬張る。洗剤の味がした。どう考えても洗剤だった。いつも大浴場でエリザに借りている石鹸が口には入った時に感じる味だった。食べれたもんじゃない、レツに食べ物の大切さを教えられてきたロチでも食べられるものではなかった。そんな状態の中、食事の手を止めているロチをエリザは気にし始めた。 「どうしたのロチ?変なものでも入ってた?」 「ちょっと……美味しくない。」  「なら仕方ないわね。残しても大丈夫よ。」  エリザは食事に関しては、あまり関心がないようだった。吸血鬼でも食べられる固形物を作ることが目標だと入っていたが、食べ物への感謝などはまた違う問題なのかもしれない、とロチは思った。  食事で散々な目にあったロチは、デザートで口直しにすることになった。暴食地域の果物で彩られたパフェは、先ほどの口の中の混沌を癒してくれた。 「この店は東の料理は弱いようね。覚えておくわ。」  エリザは飲み比べを飲み干し、追加でサイズの大きい血液ドリンクを注文していた。エリザはどれも美味しかったのか満足げな顔だった。そんなエリザを見ていると、少し気になることを思い出した。 「ねぇエリザ、トビア……君ってどんな人なの。……あんまりよくわからないんだ。」  普段から気がかりになっている、トビアについてエリザに聞く。エリザはドリンクから口を離し、口の周りを拭いた。 「トビア?トビアは色欲地域の支配者のアザリア・アスモデウス様の弟よ。本人はあんまりそのことをよく思ってないみたいで、触れられるのが嫌なのよ。お兄様のことで普通寮の子とトラブルになって、中等部前期の途中から特別寮に入ったの。」  トビアの立場に、ロチは驚愕してしまった。レツからその立場を聞いたことがあった。特にアスモデウスを含めた四体の悪魔は創造悪魔や古代悪魔として恐れられていると教わった。そんな悪魔の関係者が自分のそばにいることは、とても現実だとは思えなかった。 「じゃあ、普段本を読んでいるのは将来支配者になるため?」 「ううん、そうじゃないみたい。一回聞いてみたことがあったんだけど、色欲の支配者になりたくないから魔術設計学を修めるんだって言ってた。」 「魔術設計学?」 「魔術の根幹を探る学問よ。ロチが頑張ってる魔法陣学や私がやりたい錬金術の基礎になるものなの。」  聞いたことない学問には、無限の何かがあるようだ。トビアのことがなんとなくわかったロチは、やっぱり一つだけ解せなかった。 「じゃあ、なんで私に対してあんなに……冷たいというか相手にしてないというか……変な態度なの?」  それを聞いたエリザは少し考え込んだような顔をした。その表情をみたロチは、なんとなく聞いてはいけない質問だったように感じた。 「ロチへの態度は……私の推測だけど、トビアは女の子が苦手なんだと思う。私が寮で歓迎のパーティーをしようとしたら部屋に篭って中々出てこなかったり、お茶に誘ってもすぐに男子スペースに行っちゃったりしてたから、かなり苦手みたい。でも、ずっと関わって、害がないってわかってもらえれば仲良くしてくれるわよ。」 「そうなんだ。」  一体、どのくらいの時間が掛かるのだろうか、そう思いながらパフェを平らげたロチは会計をしてエリザと共にレストランを出た。明るかった空は東の夕暮れのように赤くなっていた。そろそろ帰りましょうか、とエリザが言い二人は帰路につく。空は強欲地域を離れると暗くなっていくが、ロチの気持ちは晴れやかだった。
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