プロローグ 相対

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プロローグ 相対

 それは列車内にあるひとつの四人掛けの椅子で起きた会話だ。 「にしても、よく気付かれないもんだよな」 「まあ、私たちってそんな特徴的な人でもないしね……アルくんなんかいつも窓の方見てるし」  喋る彼女の隣に座る獣人の少年は、車窓の縁に肘を置き、頬杖をつきながら窓の奥に在る景色を眺めている。少年の名前は、アルフレッド。帽子を深々と被り、顔を隠すようにしている。無論、彼は殺し屋であるからだ。 「ねえ、外ばっか見てて飽きない?」 「別に……」 「ふーん」  三人はいずれも殺しを稼業としている、犯罪者だ。そんな彼らが列車で移動している。大量の平穏な日常と並列しながら。 「今日は食料だけで済ませろよ?」 「はいはい、分かったわよ」 「ほんとか~?お前いつもそう言って余計なもん買ってくるじゃん」  それなのに、彼らは平然と一般人を装って息をしている。 「だってあれは限定ひ――」 「だっても何も無い!――アルフレッド、もしこいつが変なもん買おうとしてたら全力で止めろよ」 「……分かった」  アルフレッドは喧々とした会話に気怠げな返事をして、再び窓の方を見る。 「あ、そろそろじゃない?」 「だな、降りるか」  三人は列車を降りる。平然を装って。ただ、アルフレッドの眼はヒトに対する瞋憎(しんぞう)に駆られていた。街に降り立った彼らは、目的通りに食料を購入するべく、露店の並ぶ喧噪な市街地を歩く。 「にしてもまだ昼前なのにこんなにも人がいるのね」 「まあ、中心街だしそりゃ人もいるだろ」  二人の賑やかしな会話を前にしながら、アルフレッドはついて行く。そんな恒常的な時間を暫く焼べると、ふとした気配を感じ取りアルフレッドは背後目視が為に振り向く。見えた景色は特に違和感を感じさせること無く、ただ有象無象が喧噪に歩いている。 「……」 「どうした?アルフレッド」 「何か落とした?」  その動きに気付いた二人も振り向き、アルフレッドを見やる。暫くアルフレッドは後方を注視したが、やはりそこには何も特異は無い。 「……なんでもない、気の所為みたいだ」 「もう、吃驚させないでよね」 「アルフレッド、流石に気を張りすぎだって」  妙な胸騒ぎに似た不安感が心を谺させるが、無理矢理『気の所為』で誤魔化せを聞かせる。アルフレッドは訳も分からず、心臓を撮む勢いで胸元の服を握って、踵を返す。  それを悟って、アルフレッドを追っていた少年が姿を現す。彼はアルフレッドよりも何歳か年が上で、アルフレッドと同じく犬の獣人である。 「――久しぶりだな、アルフレッド……また逢えたな」  彼は微笑むような顔をしながら、共に難しさを抱いた面持ちをしていた。そして、アルフレッドの姿を確認した後、彼は三人と離れる方向に、その場を去っていく。 「あら、直接話さなかったの?」  その先にいたのは、黒色のワンピースを着た若い成人女性だった。その目は冷徹に凍てついているような刺があるものだ。 「別に話すこともないし、あいつが元気してるってことが分かれば、今はそれでいい」 「そう……でもいつかは彼を捕らえないといけない、遅かれ早かれ戦うしか無い――そのこと、忘れてるわけでは無いでしょうね?」 「忘れるわけ無いだろ、それがこの職に就いてしまった上での使命なんだから」  彼の言葉はまるでそうしなければならないという服従と葛藤のある、重く険しいものだった。 「それが分かってるのなら、いいけど」  彼女はそれだけいって、振り返り歩き始める。彼はそれに続くよう、拳を握りしめて進んだ。  その後、無事に食料のみを買うことができた三人は、復路に就いた。街は正午を迎えたことによって、更なる賑やかさを手に入れて、余計に耳障りな街へと変貌を遂げる。 「流石に真っ昼間になると煩ぇな」 「そうねぇ~、でもこれで帰れるからまだいいじゃ無いの」 「ほんとだよっ!お前があれ買お~これも買お~なんて言わなかったらもっと早く帰れたんだよ!」  少年は女性に激怒していた。女性の買い物はどうやら荒く非凡でいるようだ。 「仕方なかったじゃ無い、だってあれは限定ものだったんだから~」 「お前、ほんとよく一人で生きていけてたよな」 「悪いかしら?」 「あーもうツッコむのも面倒臭ぇ」  少年はついに我慢を忘れ、呆れ顔で会話を終わらせた。三人にとってはいつもの光景だ。帰りの列車では、昼頃なのかいつもより空いており、窓から見えるのどかな草原の景色に見蕩れていた。三人は共に同居している関係にあり、それは仲間と呼んでも差し支えは無いだろう。彼らの住処は郊外にあり、人が多くは来ない森近くにある。まるで隠居のような生活に近いのだろう。彼らは帰宅して、それぞれの時間を過ごす。今日は誰も仕事のない日。犯罪者でもある彼らが紛い物の平和を共存し合う時間なのだ。 「なるほど、やはり奴らはここに来ていたのか」 「はい」  一方、先ほどアルフレッドを尾行していた少年は厳かな空間の中にいた。 「では、奴らの尾行を引き続き頼もう……この国を覆さんとする行為があれば、現地での殺害も許可する」 「分かりました」  少年は足を組ませた大男に無礼の無いよう、直立不動に礼法の限りを尽くしながら会話をする。 「では、宜しく頼むぞ――オズマ・ウォルテス」 「はい」  少年の名は、オズマ・ウォルテス。エルゾ国中央軍の少佐である。彼は犯罪者であるアルフレッドの真っ当な敵であり、その目標は彼らの逮捕、若しくは殺害にある。 「では、私は引き続きオズマの支援および保護に回ります――よろしいですね?」 「嗚呼、構わん」 「承知いたしました」  二人は大男に深々と一礼をした後に、部屋を後にした。 「はぁー、どうにも慣れねぇな、軍隊長と話すの」 「まぁ、確かに彼は少し話し辛いわね……でも軍隊長直々の命令よ」 「そうだけど……」  オズマは少し絞るような声でやや後目を取る。 「あなたは期待されてるのよ、それを安易に捨て去る気?」 「そういう訳じゃ……」  暫くの沈黙が生まれた。オズマは言葉の後がうまく作れずに黙することしかできなくなってしまった。 「今日のところは、収穫もあったことだしここで解散にしましょう――流石に朝四時から活動は疲れたわ……」  女性は大きく深呼吸をついて、帰宅を始める。 「あんたも早く帰って寝なさいよ、まだ子供なんだから睡眠くらいまともに取ってよね――それじゃ」  女性はそそくさと歩き始める。オズマは軽く手を振った。彼はその後、大きなため息をついて、帰り始める。 「……確かに疲れたな、今日は――帰ったら寝よ」  これから織り成される物語は、相対することになってしまった二人が一つの事実と向き合っていく物語である。
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