天使の歌声は永遠じゃない

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天使の歌声は永遠じゃない

 「彩羽(いろは)くんの新曲のMV見た!?」  「もちろん見たわよ!相変わらず天使の歌声だわ…!彩羽(いろは)くん、かっこいいし可愛すぎる~!」  「愛良(あいら)彩羽(いろは)くんの事、本当好きだよね。」  「当然よ。彩羽(いろは)くんは私の推しだもの!」  クラスメイトが盛り上がっている『彩羽(いろは)』とは、少年でソロ歌手(シンガー)の『彩羽(いろは)』の事だ。 声変わり前の少女とも少年とも取れる中性的な歌声から天使の歌声とも評される。 唯一無二とも言われた歌声に取り憑かれる人が多数。 最近テレビでも取り上げられた事から、SNSでも話題になりつつある存在。  「彩羽(いろは)くんはこれだけ歌声が天使だから、きっと実際の彩羽(いろは)くんも天使に違いないわ…!」  クラスメイトの話し声が隣から聞こえてくる。  睦実空(むつみそら)は、本を読みながら、息を(ひそ)める。  『まあ、あなたが好きな彩羽(いろは)くんは、同じクラスの地味な陰キャの僕なんですけどね。』と思いながらも、口には出さない。  クラスメイトは話題の彩羽(いろは)の正体が、実は空である事を知らない。 彩羽(いろは)は顔を一切出していない。 顔を出さず、二次元の少年のイラストだけがビジュアルとして出ているので、噂だけが独り歩きしている。 中の人はどうたらと、ネットでも憶測が飛び交っている。実は成人済み。あるいは実は女など。  「空、今日の日直お前だろ。黒板消せよ~」  「あー、忘れてた。今消すよ。」  空は声を出して、微かな違和感に喉を鳴らす。 やはり、微かにだが、前よりも低くなり始めている。  空が彩羽(いろは)として歌い始めたのは、ボーカロイドを使って、曲作りをしていた兄に誘われたのがきっかけだった。当時は中学校に上がったばかりの頃。 最初は兄がMVを作り、空が歌い、ネットで投稿しているだけだった。だが音楽事務所から声をかけられたのをきっかけに、本格的に活動をするようになった。 現在十六歳。彩羽(いろは)の持ち味は、声変わり前の少年の中性的な歌声。   しかし空は、遅れた声変わりが始まっていた。 人によっては声変わりをほとんどしない者もいる。最悪スルー出来るかと思っていたが、空は違ったらしい。  今はまだ彩羽(いろは)としての声は出せる。だが少しずつ、それは出来なくなっていくはずだ。 もし持ち味の歌声が出せなくなれば、彩羽(いろは)を求めているファンは幻滅する。好きだとは言ってくれなくなるだろう。 空はそれが怖かった。  空は人知れず、悩んでいた。 声代わりをして方向性を変えてでも歌手を続けるか、それとも一思いに辞めるかを。
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