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空は目を瞬かせていた。
向かってくるのは愛良だった。
ズカズカと向かってきた愛良が、座った空の事を見下ろした。
どう見ても怒っていた。
「深水?急にどうし」
「どうしたもこうしたもないわよ!休業するってどういう事!?」
「今さら知ったの?ちょっと前に告知したはずなんだけど…」
「わ、私もあんたに言いすぎたと思って落ち込んでて、最近新作のMVを見たところだったの!
声変わりしてて驚いたけど、でも彩羽は彩羽だった。
優しくて温かくて、力強くて…やっぱりあんたの声は凄いわ。勇気付けられるものがある。やっぱり唯一無二だわ。
なのに、休業って聞いたから、驚いて来たんだから!」
愛良に捲し立てられて、空はふっと笑みを溢す。
「なに、笑ってるのよ…?」
「やっぱり、深水は凄い。…僕が欲しい言葉をくれるから。」
空が呟くと、愛良の頬が赤く染まる。
「凄いのは、あんたよ…。
私もこの前はごめんなさい。自分勝手だったわ。言えるわけないわよね…私みたいな激重ファンに、実は彩羽なんですって。」
「気にしてないし、言われた事は事実だったから。大丈夫。」
愛良は安堵したように息を吐いていた。
「彩羽に嫌われるのも嫌だけど、何より空に嫌われるのは本当に嫌だったから…良かったわ。
…でも、新曲の方向性を急に変えすぎよ。
指示したのは誰?
だから古参のファンほど困惑してるのよ。
今までの方向性を維持しつつ、成長した風に持っていけば、きっと他のファンも受け入れてくれるはずよ。少なくとも私はそっちの方がウケると思うわ。」
やはりオタクなのか、捲し立てる愛良に、空はひたすら笑みを溢していた。
「これでも僕は今、休業してるのに…。」
「休業してる暇なんてないわよ。声変わりして大人になっていく彩羽。きっと、ファンも喜ぶわ。
これでも文句を言う人もいるかもしれないけど、それも人気な証拠だとも思うから仕方ないわ。
空、勇気を出しなさい。少なくとも私はあんたの声に勇気付けられたんだから。
勝手に休業だなんて、認めないんだから。」
もう歌手は諦めようと思ってた。
このままフェードアウトしていこうと考えてた。
だが、熱心なファンが身近にいたばかりに、空は覚悟を決めた。
他でもない。空自身がそうしたいと思ったから。
「ありがとう、愛良のおかげで僕も頑張ろうって思えた。」
愛良が瞬きした。
「今、名前で…」
「愛良だって僕の名前を呼んでるじゃん。」
「…ッ、ま、まあ、良いケド。…特別よ?」
「なにが特別なのかわからないけど、わかった。」
「こっちが優しくしてあげたらあんたは…ッ」
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