家庭訪問

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 今日は息子の担任の先生が家庭訪問にやって来る日だ。  けれど、約束の時間になっても先生は現れない。  携帯電話も繋がらないし、どうしちゃったんだろう。  ずっと案じていたら、日が沈みかけた頃、やっと先生が現れた。  学校での息子の様子を聞き、特に問題はないと知って安堵する。  ずいぶん待たされたけれど、先生ときちんと話せてよかった。 * * *  おかしな夢を見た。  夢の中の私は、もう何十年も前の、まだ教師になったばかりの頃の姿をしていた。  日が沈みかけた道を、腕時計を見ながら自分のクラスの児童の家へ急ぐ。  どうにか到着した私を、児童の母親が出迎え、しばらく学校での様子などを話してお暇した。  その帰路で、これが夢だと自覚した私は首を傾げた。  教師をしていたのはおよそ三十年前まで。  定年後は十年程塾の講師をしていたが、七十を機に仕事を辞め、それからはぷらぷらと余生を過ごしてきた。  その人生も後はもう僅かだと、最近になって強く感じる。  そんな折に、どうしてあんな昔の夢を見たのか。  初めての家庭訪問。その日程が決まった直後、受け持つ児童の家で事件が起きた。  児童と母親が帰宅した際、空き巣と鉢合わせ、居直り強盗になった相手に二人共殺害されたという痛ましい事件。  それが理由であの年の家庭訪問はなくなったのに、どうして夢の中の私は、あの子の家を訪ねたのか。  初めて受け持ったクラスの児童が亡くなった。そのことが何十年も尾を引いていたのかもしれない。  でも、ろくに話した覚えなどないのに、私から子供の話を聞くあのお母さんは嬉しそうだったな。  夢だとしても、久しく忘れていた教師の役目を果たせて私も嬉しかったよ。 家庭訪問…完
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