僕の知らない唄

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 妄想だって、現実逃避だっていい。僕の持つ五感が拾い上げるのは、綺麗なものだけでいい。僕にとって都合のいいものだけ感じることが出来たらそれでいい。  また、あの歌声が、歌のはじまりから聞こえてきた。僕は声の方を振り向く。おのずと首を持ち上げる体勢になった。声の主は――彼女は灯台の屋根の上に腰を降ろしていたのだ。彼女の姿は、空から落ちる雨水のシャワーを浴び、穢れを全て洗い流しているかのようだった。  あまりの美しさに僕の心臓は早鐘を打つ。この場所にいて、彼女を見ていること自体が、何らかの罪を犯している気持ちにさせられた。  彼女は僕の存在に気がつき、途中で歌うのを辞めた。間断のない雨音が聞こえてくる。僕は彼女を見つめたまま息を呑んだ。彼女は目を細めて、僕を見下ろしながら言った。 「こんな所で何をしているの?」  彼女は地声までも綺麗だった。 「歌っている声が聞こえてきたから」 「嘘つき」食い気味に言いながら彼女は笑った。
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