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「今日みたいに雨がうるさかったら、ここまで近づかないと私の声なんて聞こえないよ。それに偶然聞こえたってことにしても、こんな天候の日に街外れの海岸を散歩してるのだって変だし」
「それは……」
僕は言い返す言葉がなかった。今この場所にいる言い訳も特には思いつかない。黙って俯いていると、まつ毛の上に水滴が溜まってきたので、一度手のひらで拭った。そして僕は白状した。
「君の歌が聴きたくてここまで来たんだ」
それを聞くと彼女の表情から笑みが消えた。突然、ブレーカーが落ちたような変化だった。
「それって全部聴きたいってこと?」
「うん、全部聴きたい」
オウム返しに答える。緊張してあまり言葉が出てこなかった。彼女は僕みたいに緊張している様子はなかったが、僕の答えを聞いて少しだけ言葉を詰まらせた。表情は空のように暗くなっていた。
「ダメだよ。最後まで聴いたら死んじゃうから」
「それでも聞きたい」僕は語気を強くして言った。そして、言葉を付け加えた。
「死ぬならそれで死にたい。どうせ死ぬなら、最後に綺麗なものを知ってから死にたい」
「君はまだ若いみたいだけど」
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