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彼女は僕に近づいてくる。先ほどまで彼女は座っていたので、気がつかなかったが、身長は彼女の方が高かった。ふと、彼女が僕の手を取る仕草を見せた為、僕は反射的に後ずさってしまった。そんな僕の様子をみて、彼女はふふっと上品な笑みを零した。
「大丈夫だよ。怖くない」
そういって彼女が伸ばした手は、――僕の頬をすり抜けた。
「本当にありがとう。見つけてくれたのが君でよかった」
噂に聞いたときから、薄々は気づいていた。
最後まで聴くと死んでしまう歌。その歌を最後まで知っていて、最後まで歌える人間がいるとしたら、それは既に――
気がつけば、さっきまでの天候が嘘みたいに雨は止んでいた。雲の切れ目から月光が漏れている。風は穏やかに海面を揺らしていた。僕がよく知っている静かな夜が戻った。
僕は柵に腕をかけて、灯台から見える海を俯瞰で眺めた。さざ波の音が耳に心地よく聞こえてくる。僕はそっと目を閉じて、彼女の歌を口ずさんだ。
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