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合唱コンクールが終わり、三年一組一同は担任教師の井藤(せいとう)の指示で教室へと集められた。
教卓に手を置く井藤の表情は修羅の形相、その横に立つ舞香と多香子は悔し涙で顔をクシャクシャにしており見る影もない。
暫しの沈黙の後、井藤先生は怒気を込めた声で穏やかに口を開いた。
「お前達、あの合唱はどういうことだ。先生もな、他の先生方にどういうことだと聞かれても答えられずに困るだけだったぞ」
「……」
誰も挙手をしない。誰かが申開きをするかと思いきや、その気配がない。
お前らは貝か? こうして誰も何も言わないとはどういったことだろうか。
井藤先生も困るばかり。
すると、舞香が挙手を行った。
「先生、宜しいでしょうか。みんなと話をさせて下さい」
井藤先生は舞香を教卓に立たせ、優しく肩を叩く。
舞香は悔し涙で泣き腫らした瞳でクラスメイトを見渡すと、徐に口を開いた。
「みんなさ、この二ヶ月…… 一生懸命練習したよね? みんな、頑張ってた! 昨日の最後の練習の時なんか、絶対優勝出来るぐらいに仕上がってた! それなのにどうして、本番であんなことしたの?」
それを言う舞香の目からは再び涙が溢れていた。クラスメイト皆、そんな舞香の姿を白けた目で見つめてしまう。それから、一席だけの空席に目線を向ける。皆、白けた目から憂いを含んだ目へと切り替えた。
そこに井藤先生が割り込む。
「先生、お前達は間違いなく優勝出来ると思っていたぞ? 皆、朝八時に学校に来て朝練をしていたし、昼練と放課後練もしている。他のクラスはそこまでしてねぇぞ? 他の先生方からも『何もそこまで練習しなくても……』と引いておいでだったぞ? 練習量は間違いなく全クラスの中でトップだ。そこまでやってきたのに、どうしてお前らは本番になって歌うのをやめたんだ?」
井藤先生が言い終えると同時に一人の男子が挙手を行った。男子委員長の豊島基来(としま もといき)である。
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