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「こういったことは男子が総じてやる気のないものだ。そもそもやる気のない奴は論外として、音痴だったり、ちと遅い思春期を迎えて声変わりで声を出す者が辛い者がいたりと理由がある者もいただろう。それすらも乗り越えるクラスの絆があったと俺は信じている。俺は教師生活は長いが、毎回乗り越えてきたぞ?」
教室の一番隅に座る男子、夕介新一(ゆうがい しんいち)がそれを聞き鼻で「フン」と嘲笑った。それに気がついた井藤先生は新一に怒鳴りつける。
「なんだ夕介! 何がおかしい!」
新一は悪びれもせずに気怠そうに立ち上がり、軽薄な口調で述べた。
「今回は乗り越えられなかっただけでしょう。まぁ、竹本さんが指揮者としてクラスの指揮出来なかっただけなんですけどね。他所様の家庭より自分のクラスの方が大事なんだよなぁ? た・け・も・と・さん?」
その瞬間、一人の恰幅の良い男子が立ち上がった。彼は大久保秀成(おおくぼ ひでなり)、クラスの男子のムードメーカーで人気者である。
「夕介! 言わなくていいよ!」
新一は首を横に振る。井藤先生は秀成のことは「気にかけており」尋ねてしまう。
「どうした? 何かあるのか?」
新一がそれを言おうとした瞬間、秀成は申し訳なさそうに口を開いた。
「俺、先生も皆も知っての通り…… 家貧乏です。親父がガンで亡くなって、お袋も体弱くてほぼ寝たきりです。弟もまだ小さくて、登校前に保育園に行って預かって貰ってます。だから、学校から許可貰って朝夕と新聞配達のバイトやってます」
井藤先生も秀成の家庭事情は承知している。この苦境にありながら一所懸命に勉強し成績上位をキープしていることから、尊敬の念を覚える数少ない生徒である。この苦境では高校進学は難しいため、特待生や奨学金制度のある高校への進学を勧めようと考えているのであった。
そんな秀成であるが、合唱コンクールの朝練には参加しているし、放課後練習にも参加している。井藤先生は「あいつは生活が大変なのに、練習も参加してて素晴らしい奴だなぁ」と考えていた。だが、今にして考えてみればどうして練習に参加していたのだろうかと言う疑問が頭を擡げてくる。
その答えを秀成は述べた。
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