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「汗かいたね。顔、洗って。それとも、シャワー、浴びる?」  錦糸町の久美さんの家に着くと、窓を開けて部屋の空気を入れ換え、エアコンのスイッチを入れ、笑いながらコンビニで買ったビールとお握りを、遅い昼食の食卓に並べた。 「こんなので足りるの?」  コンビニで食べたい物を聞かれ、僕が、食べたいと言ったおにぎりだ。 「足りるよ。シャワーを浴びたい。汗でベタベタだ」  久美さんは脱衣所の収納からバスタオルと風呂用タオルを取り出して僕に手渡し、 「ビールとおにぎり、しまっとくね」  それらを冷蔵庫に入れた。 「お姉さん、腹が空いただろうから、先に食べてね」 「二人で食べたいから、いいの。早く、汗を流してらっしゃい。出てくる頃には、部屋も涼しくなるから」  久美さんは僕の背を脱衣所へと押した。  浴室で体中を泡まみれにしていると、 「背中、流してあげるね」  と脱衣所から声がする。  ドアが開き、髪をアップにした久美さんが現れた。 「・・・」  僕は久美さんを見たまま呆然とした。久美さんは身に何も着けていない。  久美さんは僕からタオルを取ると、 「背中むけて」  僕の背中を洗った。 「はい、今度は前よ」  僕の肩に手をかけた。 「ちょっと・・・」 「だいじょうぶだよ。いっしょにお風呂に入ったでしょう」 「あれは・・・」 「あたしを、お嫁さんにすると言ったんだからね。今日も、ずっとあたしの匂いに包まれていたいって」  僕は向きを変えて久美さんを抱きしめた。でも、なんか変だ。事がかんたんに進み過ぎてる。 「慌てないの。身体をきれいにしてからだよ・・・」 「うん・・・」  こうなると、完全に姉と弟だ。  久美さんは僕の身体を洗った。そして、僕にも、身体を洗って欲しいと言った。僕は言われるままに久美さんを洗った。久美さんは優しく洗わなければならないところを指摘してくれた。 「あたし、経験ないの。あなたのこと好きだから、ずっと待ってた・・・」  僕は耳を疑った。聞きまちがえたと思った。 「身体、洗ってあげて、手慣れてるって思ってるんでしょう。むかし、泥だらけになった、あなたと弟を思い出して、あの時みたいに洗ってあげたいと思ったの。何度も、何度も、思ったよ・・・。ストーカーだね」  久美さんは笑った。悲しそうな笑いだった。 「お姉さん、何があったの?」  久美さんに何かあったのは確かだ。僕の興奮は冷めていった。 「帰省して、見合いさせられたの。親が世話になった人で断れないって・・・。  結婚じゃないよ。見合いそのものが。だからって自棄になってるんじゃないんだ。  するなら、あなたじゃないと、嫌なの。今も、これから先も。  あたしのこと嫌いじゃないでしょう・・・」 「今も、大好きだよ・・・」  僕は、穏やかで芯が強くて優しい、四つ歳上の久美さんが大好きだった。高校へ通うあいだ、ずっと、ファッション・デザイン・スクールへ通う久美さんの姿を見ていた。久美さんは、久美さんを見ていた僕に気づいていた。  久美さんはセクシーな体型をしてるが着やせする。過去に久美さんの裸を見たことがある僕は、年頃になった久美さんを、さらに女らしさが増したと感じた。  周囲は、薄茶の髪が長い童顔な久美さんを、僕が感じたようには見ていなかった。  僕は久美さんへの思いを誰にも話さなかった。久美さんへの思いがあったからずっと独りで居られたように思った。 「やっぱり思っててくれたんだ。うれしいな。そしたら、しっかり洗ってね」  久美さんは僕と久美さんにシャワーをかけた。 「大好きだよ。あなたが・・・。もう、久美って呼んでね・・・」  わかった。僕も、久美さんが大好きだ。  久美さんに唇を触れて抱きしめた。バニラのようなベビーパウダーのような久美さんの匂いに包まれた。僕は久美さんを僕の中に同化したいと思った。  浴室を出てベッドで久美さんを抱きしめた。  久美さんに思いを告げようと思ったら、久美さんから思いを遂げられる結果になった。  爺ちゃんの忠告を守った結果、事態は良い報告へ進んでいる。 『まあ、ここまでは、互いの希望どおりになったっちょうことかいな・・・』  と爺ちゃんの声が聞えた。  僕はふっと妙な感覚に捕らわれた。 『互いの希望どおりになったなということは、久美さんもあの難題門まで行ったのか?』 『そうじゃ。この娘も自分の思いを遂げんばっかりに、いろいろあってのお。苦労しおったわ。今度は、お前が大事にせんといかんぞね』 『わかったよ、爺ちゃん・・・』 「ねえ、あたし、あなたと暮したい。いっしょになりたい。いっしょに仕事して暮らしたい。良い胃でしょう?」 「うん、わかった、いいよ!」  僕に否定する理由は一つも無かった。爺ちゃんが忠告したように久美さんの決定を肯定した。  その後、八月いっぱい久美さんの家に居て勉強し、追試は合格した。  合格の知らせを聞いて久美さんに僕に抱きついた。 「いずれあなたの大学の近くに引っ越す。いいでしょう?」 「ああ、いいよ」 「実家に連絡していいよね?」 「もちろんだよ」  互いの実家に二人の関係を連絡した。久美さんの実家は僕の存在を認めたが、僕の実家は、久美さんが歳上だの、家柄がどうのと屁理屈を捏ねて話をうやむやにした。 『爺ちゃんなら如何する?』 『自分の事は自分で決めろ・・・』 『分った・・・』 「久美さん。結婚しよう。そしたら誰にも気兼ねしなくてすむ」 「はい!あたし、うれしい!」  後期の授業が始ると久美さんは勤め先を退社し、僕の大学の傍にアパートを借りて、僕と結婚した。
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