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それは、私が中学一年生の初夏のこと。
面倒くさいと思いつつも、母にせっつかれる形で私は美容室・コルネットに足を運んだのだった。
美容院にもいろいろな種類があるのだが、私がよく行くその美容院は予約ナシで行けることで有名な店である。その代わり、夕方に行って混雑していると“今日はもう閉店時間までに終わらないので”と言われて受付て貰えないこともあるのだった。
私が行くその店は、六時半閉店ということになっている。
その六時半までに、ほぼお客さんの髪を全て切り終わるように調整して受付をする、ということらしい。だから場合によっては四時とかに行っても、表に“今日の受付は終了しました”という看板が出ていることがあるのだ。
そうなると残念ながら、すごすごと家に帰るしかなくなるのである。
――あ、良かった。今日はまだやってるや。
今日は受付終了の看板が出ていない。私は安堵してコルネットの自動ドアを潜った。
自分達の学校は、三時半くらいに授業が終わって清掃作業をして終了となっている。部活動がなければそのまま帰宅。我が家は近いので、四時には家に帰れる見込みだ。
駅は学校とは反対側なので、そのまますぐ家を出て十五分くらい歩くことになる。つまり、私が平日に美容院に行けるのは最短で四時十五分くらい、ということになるというわけだ。
その日は四時半に到着したが、まだ美容院は受付をしてくれていた。少しだけお待ちくださいね、と言われて待合室で待機となる。その日は三人ほど男女が待っていて、もう少し時間がかかりそうではあった。
――そんなに髪、のびてんのかなあ。
やや眠気をこらえながら、自分の前髪をひっぱる。
――自分じゃわかんないんだけど。あ、でも少し前髪は降りてきて邪魔になってきた気がする。
コルネット、は待合室から中の様子が見えるようになっている。五つある席のうち、三つが埋まっているようだった。一番奥の席には、私と同じショートヘアの女の人が据わっているのが見える。
受付してくれた女性がすぐ奥に引っ込んでいって、作業を再開していた。席があいているのに呼ばれないのは多分、平日で勤務している美容院が少ないからだろう。多分、三人しかいないのだと思われる。
――ああ、やばい、眠い。呼ばれる前に寝ちゃうわけにはかないのに、あ、マジで眠い。
欠伸を繰り返しながら、私はスマホを見て気を紛らわした。こういう時はパズルでもして頭を働かせるしかない。
落ちものパズルのブロックを丁寧に消し続けて四十分くらいしたところで、若い男性の美容師さんが声をかけてくれた。ふぁあい、と欠伸まじりで返事をしながら、私は荷物を預けてカウンター奥の部屋へと向かう。
座ることになったのは、後ろから二番目の席だった。ショートヘアの女の人が座って席の隣である。
見れば白いカットクロスの首筋から、ちらりと赤いものが覗いていた。どうやら真っ赤なワイシャツを着ているらしい。趣味わる、と思わず心の中で呟いてしまう。
――なんか、暗そうな人だな。つか、髪切ってる美容師さんも暗くない?
二十代か三十代くらいのショートカットの女性が、俯きながら髪を切られている。切っているお団子頭の美容師の女性もなんだか雰囲気が暗い。じょき、じょき、ともみあげあたりの髪を切っている鈍い音が響いていた。
「こんにちはお客さん!今日はどうしますかー?」
「あ、はい……」
そんな思考は、私にカットクロスをかぶせてきた男性の明るい声で吹っ飛ばされる。香水だろうか。なんだかいい匂いのするかっこいいお兄さんの美容師だった。
「と、とりあえず伸びた分切ってください、髪」
「りょーかいです!」
隣の美容師さんとはえらくテンションが違うな、と思う。まあ、美容師と一言で言ってもいろんな人がいるのだろうし、あまりコミュニケーション能力が高くない人がいてもおかしくはないのかもしれない。
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