鳴島

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鳴島

 鳴島(なるしま)は東北地方の太平洋側に浮かぶ小さな島だ。  本土の港から定期船で三十分、人口千数百人の島で、生業(なりわい)は漁と夏場の海水浴客、それに釣り客で成り立っている。  観光シーズンを終えたこの時期、夕方の定期船に乗るのは本土で用事を済ませた島民か、本土の高校に通っている高校生位だった。  そんな中で、若い副島樹生(そえじまたつき)千秋(ちあき)夫婦の姿は、服装も都会的でかなり目立っていた。  東京から午前の新幹線に乗り、在来線を乗り継いで、JRの駅からはタクシーで港へ向かい、なんとか最終の定期船に間に合った。 「姉さん、こんな遠い所までどうして……」  船窓から暮れていく秋の海を眺め、千秋が呟いた。  鳴島の西側にある船着場に着くと、頼んでいたタクシーが待っていた。 「海鳴荘(うみなりそう)まで」  樹生が告げるとすぐにタクシーは出発した。  港から車で五分程の場所にある宿を事前に予約していた。昨年、千秋の姉がこの島を訪れた時に利用した宿だった。  宿の二階からは本土側の海が眺められるという。 「ようこそ、いらっしゃいました」  四十代位の、セーターにエプロン姿の女将(おかみ)がにこやかに迎えてくれた。  旅館と言っても客室は少なく、家族営業の宿だという。 「東京から遠かったでしょう。お疲れ様でした。お部屋にご案内しますね」  樹生が手にした荷物を預かると、女将は廊下を先導して階段を上がった。  二階の廊下を少し進んだところにある部屋の前で立ち止まると、二人を中へ通した。 「こちらになります。どうぞ」  八畳の和室で決して新しくはないが、綺麗に掃除されていた。小さなテーブルと椅子が置かれた広縁の窓からは、海と遠く本土の夜景を眺めることができるという。  女将はバッグを部屋の隅に置くと、座卓のお茶セットでお茶を淹れてくれた。 「あの、昨年この時期にこちらに泊まった副島春乃を覚えていらっしゃいますか?」  千秋が女将に話しかける。 「はい、もちろん。やはりお身内の方ですね?」  女将が千秋を見て聞く。 「はい。春乃の妹です」 「ああ、どうりで。春乃さんに似てらっしゃるなと思ったんです。苗字も一緒でしたし……」  女将は遠慮がちに言った。 「その節はいろいろお世話になりました」  千秋は礼を言う。 「お姉様、ご心配ですね。それでここにいらしたのですね?」  女将の問いかけに千秋は肯く。 「はい。この島での姉の足跡(そくせき)辿(たど)りたいと思いました」   「どこかでお元気にされているといいのですが……。お姉様はここに二泊されて、次の日こちらに荷物を置いたままどこかへ行かれてしまいました」   痛まし気に女将は言った。
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