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月仙寺
海鳴荘から東に十分位坂を上った、小高い山の上に月仙寺はあった。
歩いていくつもりだったが、宿の主人、つまり女将の夫が買い出しに行くついでと車で送ってくれた。
帰りも迎えにくると申し出てくれたが、時間の見当が付かないし、下りは楽だからと断って傘だけ借りた。
月仙寺は江戸時代から続く由緒ある寺で、山門を入ると紅く染まり始めた木々が美しい庭があり、その向こうに本堂があった。
本堂の脇の庫裏を訪おうとすると、本堂から住職が出てきた。女将が電話してくれていたようだ。
「月心といいます」
住職は意外にも若かった。
思わず千秋も頬を染めてしまうほど色白で眉目秀麗な僧侶で、剃髪していたがそれさえも美しく凛々しく見えた。
「妙春尼についてお知りになりたいそうですね」
座布団を二枚出して二人を座らせると、月心は口を開いた。
「はい。それから、姉がここをお訪ねした時、どんな様子だったかもお聞かせください」
千秋が頼んだ。
「実はお姉様は──」
月心が話し始めた。
「海鳴荘の女将にすすめられ、紅葉を見に来たとおっしゃいましたが、真の目的が違うのはすぐわかりました。お二人と同じように、妙春尼についてお知りになりたいようでした。ですからまず先に、お姉様にもお聞かせした妙春尼についての話をしましょう」
春乃はなぜ補陀落渡海や妙春尼に興味を持ったのか──。それがわかれば春乃の失踪の理由がわかるかもしれない。
二人は黙って月心の次の言葉を待った。
「そのためにまず、当時の月仙寺についてご説明します」
当時月仙寺の住職は、この島も含めた領土を持つさる藩の、藩主の縁戚にある若様が勤めていた。どのような事情があったか島民に知らされることはなかったが、跡目争いに邪魔な者を剃髪させ島に流したというのが真相だった。
その住職は若く聡明で慈悲深かったので、すぐに島の人々の信頼を勝ち得た。おそらく住職は、そのままこの島で生涯を終えることも厭わないと思っていただろう。
島を治める名主には二人の娘がいた。姉が春代、妹が秋江といった。
二人はどちらも、住職に恋をした。しかし住職は、妻帯を許されない身であった。
上の姉は賢く控えめで節度を守って住職に接したが、妹の方は違った。住職に恋焦がれ、ついには食が喉を通らなくなり、寝ついてしまった。
そんな時、藩主から島に命が届いた。
御城下で疫病が流行り領土に広がっているので、島から補陀落渡海の船を出せと。
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