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月心
女将が異変を察し、駐在所に知らせてくれていた。
溺れかけた樹生はすぐに助けられて宿に運ばれ、気付いた時には布団の上に寝かされていた。
「妻が、妻が渡海船に──!」
わけのわからないことを喚き続ける樹生に、島の診療所から呼ばれた医者が鎮静剤を打ち、月仙寺の住職が呼ばれた。
海岸では消防団が千秋の捜索を続けていた。
やっと落ち着いた樹生は、事の次第を駐在や住職に話そうとした。
しかし──。
「あ、あなたは? ご住職の月心さんはどこに?」
月仙寺からやって来たのは五十代後半の、陽に灼けたいかつい僧だった。
「月心? いえ、私が住職の月蓮です。月心といえば、妙春尼が身代わりになった、当時の住職の名前です」
その言葉に樹生は衝撃を受けた。
「えっ? ではあの僧はいったい……」
何日も捜索は続けられたが、ついに千秋は見つからなかった。
今でも鳴島では妙春尼の歌が聞こえる日には、海岸に出てはいけないと言われている。
<了>
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