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新緑の美しい真夏の公園で、俺はシンヤの戻りを待っていた。前方では大勢のスタッフが、PV撮影の準備をしている。
「おう。待たせたな」
「もういいんですか?」
「すこし調整するって。休憩」
シンヤは簡易テントの日陰へ涼みにきた。俺が手渡した冷えたお茶を、目を細め飲んでいる。
あれから三か月、すっかり街は元通りになった。ネットの海からAnifalakにまつわるものは消え、みんな存在を忘れかけている。そうなるように工作を指示したのは秋澄だ。事件のことを消すのは簡単ではなかった。一度ネットに上がってしまうと、情報はほぼ永久に残ってしまうものだからだ。一時的にでも注意をそらすため、秋澄はシンヤを活用することにした。
「Anifalakの歌はシンヤが作曲したことにしましょう。顔も割れていますし、ついでに芸能界デビューしてください」
秋澄にそう告げられたときのシンヤの間抜け面は、今も部署内でちょっと笑い種にされている。今回の一件を受け、秋澄は表と裏、双方から監視していくことにしたらしい。Anifalakのような存在がまた現れないともかぎらない。シンヤはその日のための布石として、あらゆる裏工作の末、売れっ子としてデビューした。歌って踊れる、俳優業もこなす(させられている?)アイドルだ。俺はシンヤのマネージャー兼、見張り役としてそばにつくことになった。この件が決まったとき、秋澄は俺を個人的に呼び出し、真剣な顔でこう言った。
「シンヤにおかしな点があったら、すぐに連絡してください。……高瀬くんには、彼のストッパーになってもらいたいのです」
シンヤが第二のAnifalakにならないように。
その行いが道を外れぬよう、きちんと見張っておいてほしいと秋澄は俺に厳命した。俺は了承したが、彼がそんなことをしないのはわかりきっていた。シンヤは世界に期待をかけ、人を愛せる人間だ。それはAnifalakと対峙したときの行動を見ればよくわかる。根本的に、俺やAnifalakとは違うのだ──。
撮影機材の調整が終わり、スタッフが声をかけにくる。シンヤは椅子にのびていた。
「あー、暑ぢぃ。こう暑いと秋澄の阿呆をぶちのめしたくなる」
「もう少しですから」
「んだよ~。あ、そだ。新しい曲作ってみたんだ。聞いといて」
「またですか? 俺に渡さなくても」
「ストレートな意見が聞きたいんだ」
気だるげに去ったその椅子の上に、透明な白のメモリースティックが残されている。俺はそれを拾い日にかざしてみた。
シンヤの歌には人を魅了する力がある。
その祈りにも似た音を、いったい誰が壊せるだろう。
だから秋澄も大目に見てしまうのだ。かすかに込められたその呪いが、シンヤ以外がこめたものだとは思わないから──……。
この歌の一部を改変し、今度はどんな呪いをこめようか。
陽の光にかざした透明な輝きに、俺はうすく微笑んだ。
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