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公安特殊謡係は、歌のせいで生まれた異常を鎮めるのが仕事だ。
古来より、歌には呪いの要素が含まれている。
力ある歌を何度も口ずさめば、その気がなくても人は怪異を生み出してしまう。
「歌とは、声に抑揚をつけ唱えることです。祈りや呪いを頻繁に口にするのは、意外と危ないことなんですよ」
けれど、すべての歌が危険なわけではないと秋澄は言う。言葉や抑揚が呪いの要素を含んでしまうのは、本当に稀なことなのだ。
「前代未聞です。音と言葉の組み合わせを完璧に理解し、その効果を狙った曲ばかりなんて」
「その、アニ……?」
「Anifalak」
「何者なんですか?」
「高瀬くん、共有ファイルの資料を読んでいませんね?」
「……すみません」
じろりと睨まれ、俺は肩を落とした。言い訳をさせてもらえるなら、忙しすぎてそんな暇はなかった。秋澄は淡々と言う。
「Anifalakは2週間前に現れた配信者です。チャンネル登録者数は500万人、個人情報については別動隊が調査中です。声からその性別は女と推測されます。最初は無害なポップスを歌っていましたが、徐々に怪異発生数が増え、今では意図的に怪異を操る曲を歌っています」
「曲を歌うと、歌った人の周りで怪異が発生するってことですか?」
「ええ。歌うだけでなく、ただ耳で聞くだけでも効果があります……そういう歌が流行ると、厄介なことになります」
こんな風にと、秋澄は渋谷のスクランブル交差点を示した。俺たちは渋谷駅を出たところに立っていた。道中にもレインボーの兎はたくさんいたし、東京中が……いや、この分では全国で大変なことになっているだろう。渋谷へ来たのは、ここが東京処理班の手からもれた未処理区域だからだ。兎だらけの街をみて、シンヤは鼻で笑う。
「こんなの放っておいても大丈夫だろ」
シンヤの視線の先には、スマホを眺めるたくさんの人がいる。彼らの耳にはワイヤレスイヤホン──そのうちの何人がAnifalakの歌を聞いているのかわからないが、兎は生まれ続けている。なにもないところからぽこん、と現れ、キュートな瞳できょろきょろしている。兎の姿は俺たちのように、特殊な感覚をもつ者にしか見えていない。放っておいても害はなさそうだが……。
秋澄はシンヤを無視し、腕時計を確認する。スクランブル交差点に停まった大型トラックを指さし言った。
「きました。持ち時間は七分です」
「俺、寝不足なのにぃ」
「行きなさい。──高瀬くん、ギターできましたよね?」
「えっ」
「たしか、アマチュアでバンドをされていたでしょう?」
「は、はあ……少しなら」
「ご謙遜を。シンヤと一緒に行って、鳴らしてきてください」
なにを、とは聞く必要もなかった。大型トラックの箱が自動的に開き、移動型の簡易ステージが現れる。真ん中にマイクスタンド、ドラムやギター、ピアノも用意されている。近くにいた人が「なんだ?」とスマホを構えはじめた。
「おら、行くぞ」
「えっ、あ、秋澄さんは……!?」
「私はここで応援を。シンヤ! 普通の歌を歌うんですよ!」
手をひらつかせる秋澄が、小さく上品にあくびをするのが人並みの向こうに消える。シンヤに引っ張られ、俺はステージにあがった。
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