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3
シンヤとの即興演奏は爆弾のように効果があった。
まずシンヤは叫んだ。
おそろしい肺活量で「聞けーーーーーッ!」と吼えたのだ。
そこから繰り出される歌声は聴衆を魅了し、ありあまる効果をもっていた。シンヤの細い体からは、力強く技巧をこらした歌が爆発的に発せられる。トラックからは音楽も流れていたが、俺はシンヤの歌にあわせてエレキギターを弾いた。そのほうが盛り上がるし、シンヤも歌いやすいと思ったのだ。シンヤが伸びやかに声を飛ばすと、歩行者は足を止める。スマホのワイヤレスイヤホンを切り、その場の全員がこちらを見る。ひとつ、またひとつと虹色の兎が消え、あっという間に兎の姿は見えなくなった。シンヤの歌がAnifalakの歌をかき消したからだ。シンヤはさらに歌い続けようとしたが、トラックの箱が自動で閉まり、ゲリラライブは終了した。
「なんで止めるんだよ、まだいけたろ!?」
シンヤは怒っていたが、そのままトラックで運ばれて本部へ戻ると、怒っていたのは秋澄のほうだった。
「普通の歌をと言ったでしょう? 歌に呪いを混ぜるな。何度言えばわかるんです」
「俺は言われたとおり──」
「聞けばわかるんですよ」
ぶすくれたシンヤは「馬鹿が!」と小学生のような言葉を吐き、仮眠室へ消えた。肩をすくめた秋澄は、つめたく無表情に俺をみる。
「高瀬くん」
「は、はいっ!?」
「貴方もすこし仮眠をとってください。またすぐ街へ出るかもしれません」
「え。今、処理してきたのに、ですか?」
「あんなものは焼石に水です。根本からなんとかしないと……もうすこし権限を得られるよう、上にかけあってきますので」
呪いを含めた歌を爆発的に流行らせる人間は、これまで存在しなかった。Anifalakの歌はネット配信なので拡散速度も速く、上層部の対応は遅れている。今のところ実害はないが、これからのことを考えれば早めに止めたほうがいいだろう。ふらつきながら出ていく秋澄を、俺は哀れみの目で見送った。秋澄にはまだ山と仕事が残されている。心配ではあったが、俺も人のことを言える立場にない。近くの仮眠室へ向かい、ベッドに入ると一瞬で意識がほどけた。ようやく、眠れ、た……。
「高瀬、起きろ!」
「っ、ふへぇ……?」
頬を何度か張られ、俺は飛び起きる。目の下に隈を浮かべたシンヤが、げんなりと肩をゆすっている。
「眼鏡のサディスト室長がお呼びだ」
「い、いま……何時です……?」
「夜七時。三時間は寝れたな」
シンヤの後をついていくと、本部には活気が戻っていた。黒スーツの処理班が十人ほど帰っていて、大型モニターに釘付けになっている。映っていたのは恐ろしい光景だった。夜の渋谷が燃えている。一件や二件の火事ではない。十件以上の建物が、暗闇で赤々と炎につつまれている。画面を切り替えると、どの街でも複数件の火事が起きていた。
「何があったんです?」
「Anifalakが新曲を出した。『Burning』だ」
「Burning……燃える?」
「くそが」
シンヤはモニターを睨みつけている。部屋が殺気だっているのは、疲れや寝不足のせいだけではない。これほどの効果をもつ歌を、Anifalakは意図的にネット配信した。昼に見た異常は「兎が出る」という無害なものだったが、歌に正しく効果をもたせると、本来はこういう使い方になる。歌とは、抑揚をつけて唱える呪いだからだ。効果の強い「歌」を多くの人が口ずさめば、世の中は災禍につつまれる。Anifalakは、誰が何人死のうが構わないという考えらしい。俺はごくりと唾をのんだ。
「これじゃあ、放火魔だ……」
「放火魔どころか、大量殺人犯にもなりえます」
背後の扉が開き、秋澄がコツコツと靴音を響かせ入ってくる。疲弊の色濃い秋澄のつめたい瞳は、異様に据わっていた。
「先ほど、Anifalakが生配信を行うと発表しました。夜の十二時ぴったりに、新たな曲を披露するそうです」
「いい加減捕まえられねぇのか?」
「ええ、許可はとれました。生配信をした直後に、現行犯で逮捕します」
「現行犯?」
「それが上からの要求です」
さらに口を開こうとしたシンヤは、秋澄の顔をみて、静かに口を閉じた。他の面々も怯えた顔になっている。秋澄は凄みのある笑みを浮かべていた。
「みなさん。今日ですべてを終わらせます。Anifalakが歌いだしたら、即配信を止めてこのクソガキを連行。暴行を加えるなら顔ではなくボディーにするように。殺してはいけませんよ。……いいですね?」
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