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「迷惑なんですよ。こんなことをされると」  そう言ったのは上司の秋澄だ。  秋澄は三十半ばで室長になったエリートで、見た目通りに神経質な性格をしている。秀眉を寄せ、銀縁眼鏡を押し上げて、今は部屋にひとつしかない大型モニターを睨みつけている。モニターには渋谷の定点カメラ映像が出され、昼のスクランブル交差点が映っていた。観光客やサラリーマンといったごく普通の風景に、あり得ないものが映りこんでいた。  兎だ。虹色の兎が何百匹と跳ねている。  兎たちは道路を走り、空中まで駆け上がっていく。通行人には見えないらしく、混乱は起きていない。俺はおずおずと口を開いた。 「いつもこうなんですか?」 「そんなわけねぇだろ。こんなの異常だって」  答えたのは秋澄ではなく、部屋にいたもうひとりの先輩、シンヤだった。「シンヤ」というのが苗字なのか下の名なのか、俺は知らない。公安特殊(うた)係に配属されて二週間、相次ぐ異常事態を前に部署はひっくり返る忙しさで、そんなことを確認する暇もなかったのだ。  シンヤは徹夜明けで、ぐったり机にのびている。ふわふわの茶髪は乱れ、シャツの襟とネクタイがだらしなく緩められている。同じく徹夜明けの秋澄が不愉快そうに眉を寄せたが、シンヤは構わずスマホをひらつかせた。 「原因はこれ。Anifalak(アニファラ)の新曲、『シュガ☆バニー』。こいつ、わかってやってるだろ」 「……でしょうね。新曲が出るたびに酷くなっています」  秋澄は頷き、ちらりと腕時計を確認した。秋澄は俺よりずっと長い時間働いているが、見た目には乱れた様子もなかった。 「高瀬くん、研修はひと通り終えていますよね?」  疲弊から半分寝かけていた俺は、鋭く睨まれハッとした。 「あ、はい!」 「処理班も全員戻ってきませんし、仕方がありません。私たちも向かいましょう」  シンヤが「うげぇ」と呻き、机に突っ伏す。秋澄はそんなシンヤの首根っこをつかみ、シンヤを引っ張りさっさと出ていってしまった。俺は慌ててその後を追った。
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