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異世界の嫁
「オレ様は全知全能の神ゼウス、貴様を嫁にしてやる。ありがたく思え」
逞しい体つきの壮年男性が天井をすり抜けた落雷と共に降臨。胸を張りながら自信満々で開口一番のたまった。
彫りの深い顔立ちで頬から顎に掛けてひげを生やしている。サングラスを掛けたおじさんだが、イケオジだ。
古代ギリシャの貫頭衣に宝石をちりばめたようなものを着て、稲妻を象った槍らしきものを持っていた。
名乗ったのはまさしく、ギリシャ神話の主神。天空を司る最高神の名だ。
子供部屋おばさんともされる、少女の頃から使っていてあまり変化もない杯花歩理子の自室には不似合いな光景だった。
まして奴はベッドの上に立ち、二メートルくらいの身長で頭が天井についているのだから違和感MAXである。
「……ここまでして、あたしをバカにしたいの?」
外出しないときはほぼ普段着のようになったジャージ姿で、自称ゼウスの来訪に驚愕して尻餅をついたまま。歩理子の口を出た第一声だった。
杯花歩理子、アラフォー。婚活は失敗続き、家事手伝いかつスーパーの店員な彼女は、仕事で疲れたところに突然のゲリラ豪雨でびしょ濡れになりながら帰宅。やっと着替えたところだった。
体型は小太り、顔も不細工メガネ。彼氏いない歴=年齢の喪女。自他共に認める負け組だ。
未だかつて、告白すらされたことがない。
「それがなに。神様名乗るやつがいきなり全部すっとばしてプロポーズ!? あるわけないでしょ、んなこと!」
もはや人生あきらめかけ溜まりに溜まった鬱憤を、立ち上がって神もどきに吐きかける。
「あたしが流行りにうといからって、手品とか最新技術のホログラムかなんかで悪戯してんでしょ!?」
呆気にとられる自称ゼウスを差し置いて、歩理子はもとから散らかってる部屋中をさらに荒らして仕掛人を探しだす。
「犯人は誰よ、あたしのこと疎ましく思ってるお姉ちゃんかお兄ちゃんか親戚!? 昔のいじめっこか今のパワハラ上司!? 迷惑系動画配信かなんかなんでしょ!?」
タンスや戸棚やクローゼットを開け、着替えや雑誌やゴミをひっくり返す。も、何も出てきやしない。
「……いいぞ!」なぜか、自称ゼウスはぽかんとした顔を笑みに染めだす。「見込み通りのろくでもない女だ。らちが明かん、理解させてやろう!」
次の瞬間、雷のごとく肉迫した自称神に抱き締められ、歩理子は彼が来訪した時の逆再生のように稲光に包まれる。
気付けば、屋根をすり抜けていた。
風は感じる。雨も相変わらずだが、濡れない。もちろん感電もしない。
でありながら、雷と一つになって自称ゼウスと猛スピードで天へ昇っている。
我が家は見る間に小さくなる。周りの住宅街も。それらと寄り添う公園も、商店街も、地方都市の全容が窺えそうになったところで暗雲に突っ込む。
「う、嘘でしょ。こんなことあり得ない!」
あちこちで雷が暴れる暗雲の中で、ようやく歩理子は異常さに喚く。
「ありえる」
ゼウスは、自信満々で見下ろして答えた。
「オレ様は全能だからな!」
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