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その日、アルヴィンは商店の通りに足を運んでいた。
王都の商店街は賑やかで広大だ。その通りの外れにある小さなパン屋が、美味いらしい。
アルヴィンが定宿にしている酒場にパンを卸している店で、味が気に入ったと伝えたら酒場の亭主が店を教えてくれたのだ。
小さな店のドアを開き、なんの気もなしに足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ!」
鈴を転がすような澄んだ声がかけられた。
店のカウンターに立っていたのは、鈍い金色の髪を三つ編みでまとめあげ、エプロンをした若い娘。
「パンをいくらか求めて行っても構わないかい?」
「もちろんです、そこの棚がオススメですよ、さっき焼きあがったばかりなんです。さあお好きなものをどうぞ!」
気持ちの良い笑顔を向けられれば、悪い気持ちにはならない。
アルヴィンがパンを選んでいる間も、彼女は忙しく立ち回っている。
見るからに気立ての良さそうな、いわゆる看板娘なのだろう。ずば抜けて器量良しというわけではないが、誰にでも好かれそうな可愛い娘だった。
選び終えたパンを包みながら、彼女は笑顔でアルヴィンに話しかけてくる。
「お客さんは、楽士さんですか? 立派なリュートですね」
「吟遊詩人なんだ。今はカーティスの酒場で歌ってるよ」
「カーティスさんのところの詩人さんですか。ひょっとして、うちのパンを美味しいって言ってくれた?」
「ああ、そうなんだ。それでこの場所を聞いて、王都にいるうちにぜひ買いに来なくちゃと思って」
「嬉しいなあ! 毎日パン焼いてる母も喜びますよ」
それは他愛のない雑談話だった。
だがいつの間にか、くるくると表情を変える彼女から目が離せなくなっていた。
極めつけは瞳だった。
ハシバミ色の大きな瞳が、喜色に染まって細められる。その度に、アルヴィンは瞳に吸い込まれそうな錯覚を感じたのだ。
初めての感覚にへどもどしながらも話を続けていると、ふと彼女がアルヴィンにこう切り出した。
「あたし、ブリジットって言います。詩人さんのお名前を聞いても良いですか? せっかくのご縁ですし、今度歌を聞きに行きたいから」
「そう言えば名乗ってなかったな、失礼。アルヴィンって言うんだ」
「えっ! 『七色の声の小夜啼鳥』! 有名な詩人さんなのに、あたしったら気安くしちゃって……すみません」
「いや、ただの吟遊詩人だから……気にしないで、ええとブリジットさん」
「ブリジットで良いですよ」
「……ブリジット」
名前で呼ぶと、彼女のハシバミ色の目が親しげに細められる。
素朴な笑顔を見て、あの歌のフレーズが胸のうちに再生されたのだ。
――人はにわか雨に降られるように、恋に落ちる。
今まで確かに歌ってはきたものの、まさか自分がそうなるとは。
アルヴィンは、恋に落ちたのだ。
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