さえずる鳥は恋を歌って

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 その日は、激しい雨が降っていた。  アルヴィンは広場で歌う予定を取りやめて、酒場で大人しくリュートの手入れをしていた。この雨ではどこに出かけることもできない。  夕方近く、いつもなら賑わっている酒場も閑古鳥が鳴いている。  酒場の亭主とともにあくびを噛み殺しているところで、不意に扉が開いた。  そこには若い娘が立っていて、あまり穏やかではない視線をアルヴィンに向けていた。  彼女はつかつかとアルヴィンの前まで歩み寄り、今にも噛みつきそうな口調で言った。 「『小夜啼鳥』のアルヴィンさんってあなたよね? もうブリジットに近づくのをやめてくれない?」 「は……?」  突然のことに言葉が出てこず、アルヴィンは呆然と娘を見た。  娘は敵意もあらわに言葉を続ける。 「あの子はね、真面目で純粋なの。お母さんと二人でお店を頑張ってる、すごく良い子なのよ」 「いや、知ってるよ。それはよく知っている」 「知ってるですって? じゃああなたはやっぱりわかっててあのブリジットに粉をかけてるって言うの? 今度貴族の奥方様のお抱えになるっていうのに遊びで!」  貴族からの声かけは、アルヴィン本人が何度も断っているし、貴族とどうこうなるなんて恐れ多い事実もない。誤解だと釈明する間もなく、怒り心頭という顔で娘は詰め寄って来る。 「その遊びであの子がどんなに傷つくかわかってるの!? ふらふらと気楽な吟遊詩人と違うのよ!」 「おい、魚屋んとこの! 言い過ぎだよ、お前さ……」 「カーティスさんは引っ込んでて! いい? 小夜啼鳥さん。あなたの下手な遊びはきっとあの子を不幸にしてしまう。上手くいかなくてもあなたはまた流れていけばいいんでしょうけど、あの子はずっとこの街で地に足つけて生きていくような子よ。だから自分の行動にはちゃんと責任をとって!」  娘はそこまでひと息に言い、最後に念を押すようにもう一度言った。 「ブリジットに近づかないで。あの子の幸せのために」  一言も言い返せないでいるうちに、娘は嵐が吹き荒れている外へと飛び出して行った。  あとには呆然と佇むアルヴィンが残された。  見かねて酒場の亭主が声をかける。 「おい、まさか言われたとおりに諦めるんじゃないだろうな?」 「……」 「魚屋の娘は確かにブリジットの親友だ。心配してるんだろうよ。だからと言ってよ……」 「……僕は、ブリジットを不幸にしてしまうんだろうか……」  吟遊詩人は街から街へ流れていくもの。  パン屋の娘はずっと同じ街に留まり暮らすもの。  二人が本来全く違う種類の人間なのは、さきほどの娘の指摘どおりではあった。  ブリジットに好意を向けるということは、彼女の人生に関わるということ。  ただ自分が彼女を好きだという気持ちだけで、関わっていいのだろうか。軽率なことなのだろうか。  それが、もしブリジットを不幸にしてしまうとしたら……。  アルヴィンには、すっかり分からなくなってしまったのだ。
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