さえずる鳥は恋を歌って

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 あの嵐の日から半月が経った。  アルヴィンはあれから一度もブリジットのパン屋を訪れられずにいた。  言われた言葉が胸に刺さって抜けず、何度も店の前まで行ったものの引き返してしまったのだ。  しかし彼女の笑顔を思い浮かべれば、胸が苦しくなる。  声を思い出せば会いたくなる。  思いあぐねて、夕日の高台にやってきた。  するとそこで思わぬ人物と出くわすことになったのである。 「アルヴィン……さん?」  ブリジットだった。  久しぶりに会った彼女は、いつもとは違い目に見えて元気がなかった。 「ブリジット、その、久しぶり……」 「久しぶり。あの……あたし……」  ブリジットは思い詰めた顔でアルヴィンを見つめる。  夕日が照らす彼女の表情は、ひどく苦しそうだった。アルヴィンと同じで。 「あたし、あなたに嫌われちゃった……? 何か悪いことしちゃったかしら……」  何とか口に出した言葉。  それを聞いた時、アルヴィンは雷に撃たれたような気持ちになった。  理由はどうあれ、彼女に思い詰めた顔をさせているのは、彼女を不安にさせているのは、自分なのだ。  アルヴィンの迷いがブリジットにこんな顔をさせてしまっている。そんなのは本末転倒も良いところだった。  自分の行動には、責任を持て。  そう言われた。  それはブリジットを思って身を引くことだけを意味するわけではないはずだ。  アルヴィンは、心を決めた。  そしてブリジットの前に跪いた。これまでの人生で一番の勇気を振り絞り、告げることにした。 「アルヴィン?」 「嫌ってるなんて、とんでもない。ブリジット、聞いてもらえる?」 「えっ……えっ? 何を?」 「僕の誓いとお願い」  驚いた顔でアルヴィンを見つめるブリジット。  大きく息を吸い込むと、アルヴィンはひと息に言い切った。 「これから僕が歌う恋の歌と愛の歌のすべてを――どうかあなただけに捧げさせてくれませんか」  思い切った申し出だった。それはアルヴィンの評判高い歌を封印してしまうということを意味するのだから。  でも、彼にとって大事なのは誰かに歌う恋の歌ではなくなっていた。自分の恋と愛の歌を、思いを捧げたい相手は、いまやただ一人になってしまったのだ。  その気持ちに嘘はつけなかった。  どれだけ評判の歌だとしても、だ。 「あなたは僕の一番大事なひと。これからもどうか、僕の歌を聞いてくれませんか」  ブリジットはもう悲しい顔をしていなかった。  代わりにとても驚いた様子でしばらくアルヴィンを見つめていたが、やがてふっと笑った。 「……詩人さんって、もっと器用に愛を囁くんだと思ってました」 「面目ない、詩人の端くれなのに……」  赤面するアルヴィン。しかしブリジットの目はどこまでも優しい色をたたえている。 「あたし、ただのパン屋の娘です。特別なことは何もしてあげられない。でも……あたしもあなたの歌を聞いていたい。あなたが良ければ、この先、ずっと」 「ブリジット……。うん、そうさせてほしい。ずっと、ずっと……」  アルヴィンはおずおずとブリジットを抱きしめ、ブリジットもまたぎこちなく彼を抱きしめる。  教会の鐘が厳かに鳴り響いていた。  夕日の沈みかけた空はどこまでも澄み渡っていた。まるで二人の恋路を表すように。 ***  たくさんの人々が訪れ暮らす王都を、一人の旅人が止まり木にした。  『七色の声の小夜啼鳥』と呼ばれたその青年は、東の果てからやってきて、この街で愛を育んだ。  名高い小夜啼鳥の恋の歌は、今はただ一人のためだけに捧げられている。人々は彼の幸せを喜び、そして彼が語る恋の歌がもう聞けないことを少しだけ惜しく思うのだった。
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