さえずる鳥は恋を歌って

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 たくさんの人々が訪れ暮らす王都で、このところひときわ話題にのぼる吟遊詩人がいる。  『七色の声の小夜啼鳥』と呼ばれるその青年は、東の果てからやってきたと噂される。なかなかの美貌で、何より声が良い。どの歌も評判だが、ことさら好評なのは恋の歌だ。長い旅路で見聞きした恋の話を叙情たっぷりに歌い上げると、観客たちは時に手に汗握って聴き入り、時に大いに涙するのだという。 *** 「アルヴィン、聞いたぜ。貴族の夜会のお誘いを断ったんだってな」  酒場の亭主に話を振られ、吟遊詩人の小夜啼鳥その人、アルヴィンは微苦笑を返した。 「奥方からのお招きだったんだけど、何かと面倒ごとの多そうな家でね」 「面倒だあ? 一度で良いからそんなセリフ言ってみたいぜ」 「僕は恋の噂話を歌うがわで、歌われるがわじゃないんだよ。変に気に入られても旅に出づらくなるだけだしね」 「まったく、恋の歌で有名な吟遊詩人とは思えない冷めっぷりだぜ」  呆れられてもあいまいな微笑を返すのみだ。  アルヴィンは、歌うことを生業とする吟遊詩人だ。  特に旅で仕入れた今昔の恋の話の幅は広く、語りも上手い彼の歌は人々によく受け入れられている。  しかしアルヴィン自身が恋多き男かと言うと、それが全くそうではない。  引く手はあまたある。  それでもなんと言うか、気が向かない。遊びでも良いではないかと言われることもあるが、恋は遊びでするものではないだろうと思う。  恋の歌が歌えるのだから、色恋にも器用だろうと言われもするが、そんなことは決してないのだ。  それに恋人がいないことは身軽なことでもある。 言い訳に聞こえるかもしれないが、世界を旅して回るために、その身軽さはそう悪いことではなかった。 「『恋はまるで空模様。晴れあり、曇りや、時には嵐も』」  今日も愛用のリュートをかき鳴らしながら、慣れた歌い出しの言葉を連ねる。  歌はこう続く。 「『人はにわか雨に降られるように、恋に落ちる』」  お決まりのフレーズだった。  そんな歌詞の意味を噛みしめるように実感することになったのは、アルヴィンが王都に来てしばらくが経ってからのことだった。
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