届け、この歌声

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 ドレミファミレドレミファミレド……  ピアノの音に合わせて自分の声を乗せていく。半音ずつあげていき、喉が開いていくのを身体で感じる。  ドミソミド、と今度はスタッカート。弾むように、だけど肩を揺らさない。あくまで声はお腹から。音が上がっていくとつい顎が上がりがちになるからよく注意される。顎は引くというのを意識する。  一通り発声練習を終えて、のどを潤す。グラウンドから運動部の掛け声を風が運んできた。『いっちにーさんしーっ』とみんなで揃えている声は発声練習と近いな、なんて思いながら耳を傾ける。  音楽室がある特別棟は通常校舎の北側に位置していて、その間には中庭がある。昼休みだとそこでお弁当を食べている子達がいるけど、本来ならこの時間は誰もいない。  ……その中庭の芝生で、一人の男の子が寝転んでいる。大きなイチョウの木の下で気持ちよさそうに。  彼の存在には朝練をはじめて間もないうちに気がついた。  発声練習の後、今日と同じように中庭を見ると、イチョウの木の下で本を読んでいたのだ。  早朝にわざわざ中庭で読書?  朝日が差し込む木の下で、さらりと風が髪を遊ぶように揺らしていく。それを気にも留めず木にもたれて読書している様子は、一枚の絵のようで。そこだけ別空間のような、不思議な気分になった。  それからなんとなく姿を確認するようになった。彼は読書していたかと思えば、そのうち寝転ぶ事も多かった。  いいな、気持ちよさそうだな……そうして気づけば毎日、ついつい目で追ってしまっていた。
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