届け、この歌声

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 そんなある日、いつものように中庭へと視線を向けると、ふと見上げている彼と目が合った。驚いて思わずしゃがんじゃったけど、彼、こっちを見てた、よね?  そろ……と、もう一度中庭を見てみれば、彼はいつものように寝転んでいた。あれ? 気のせい?  こっちの動揺なんて関係なく、気持ちよさそうに寝ている彼。そもそもなんでこんな早朝にわざわざ中庭で本を読んでいるんだろう?  すっかり眠りの世界に入っているようなので、私も再び朝練へと戻ることにした。  名前も知らない、学年も知らない、イチョウの下にいる男の子。  彼の何かを知っているわけじゃないけれど、人気のない早朝に中庭を独り占めしている彼。音楽室を独り占めしている私と、なんとなく同士のような気持になっていた。  こんなに気になるなら駆け下りて話しかければいいんだけれど、それをする勇気はない。彼のいるあの空間は、なんとなく立ち入ったらいけない気がする。私が見つけた、私だけの秘密の空間。  それでもちょっぴり、彼が見せた視線が気になって。  もしかして私に気づいてくれたのかな? 歌声が届いたら、またこっちを見てくれないかな? そんな想いも込めながら、登校で賑やかになる時間になるまで歌い続けた。
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