届け、この歌声

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 県の地区予選だというのに、会場の座席は満員だった。先輩曰く、これでも見に来た人全員じゃなくて、入れ替わりがあるらしい。  毎日練習した甲斐もあり、私達は自信をもってこの会場に来ている。  全国大会に行くためには、まずこの地区予選で金賞にならなくてはいけない。 「よし、行くよ」  高校名が呼ばれ、部長の声にみんなで頷いて、一人ずつステージへと足を進める。スポットライトの下、今までにない緊張感に包まれる。 「大丈夫、練習通りにね」  隣の先輩に声をかけられ、落ち着くために深呼吸をして、会場の座席を見た。  ──彼だ。  あの日、彼は歌声が気になって音楽室にきたらしい。その時にお互い自己紹介して少し話した。同じ一年生で、C組の芝浦くん。  あれから夏になり、流石に外で読書が辛くなった彼は、時々音楽室にくるようになった。人気がない学校の空間が好きなんだって。一緒だなって嬉しくなった。  私達以外誰もいない音楽室で、私は歌い、彼は本を読んでいる。  時々会話は交わすけど、お互い自分が過ごしたいように過ごす朝の時間。独りだけど独りじゃない。独りじゃないけど、気を使わない。彼と過ごす時間はとても心地よかった。
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