届け、この歌声

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 最後に顧問の先生から、明日の部活について話があって解散になった。反省会と打ち上げをやるから、くれぐれも今から騒ぐなと釘をさされて。  現地解散なので方向が同じ子で集まって駅へと向かっていく。中には家族や年上の彼が迎えに来ている人もいた。  みんなとは離れて一人、会場に残った。会場外の隅に、芝浦くんがいたから。 「もしかして、待っててくれたの?」  近づいて声をかけたら、少し照れくさそうに頭を掻きながら頷く彼に、嬉しくなる。話したいなとは思ってはいたけれど、表彰式や色々あって遅くなったから、もう会えないと思っていた。 「ビックリした。まさか見にきてくれるなんて、思わなかったから」 「……君が、この日の為にずっと練習してたの知ってたし。会場で聴いてみたかったから」 「そっか。どう、だったかな?」 「うん。よかった」  短い言葉。だけれど、彼から聞くとその言葉がとても嬉しく感じる。  朝練の時と同じ。話す言葉が少なくても、彼といるのは心地がいいし、彼の言葉は心の中心に届くんだ。 「……君の」  朝練の時でも「よかった」でいつも終わる言葉が続いたことに驚いていると、彼は少し恥ずかしそうに口元を隠しながら言葉を続けようとしてくれていた。なかなか出てこない言葉に、なんだか胸がソワソワして落ち着かない。 「君が言っていた『一つになる歌声は鳥肌が立つ』って言っていたのが、分かった気がする。でも、僕は……」 「でも……? でも、なに?」  彼は口を開いたかと思えば、その先が声にならず。顔を赤くしたまま横を向いてしまった。 「芝浦くん?」  呼びかけると何度か瞬きを繰り返し、身体を屈めて大きく息を吐いたあと、グンッと背筋を伸ばした。 「僕は、その中でも、君の声が聴こえたよ。今までで、一番きれいな声だった」  それだけ言うと、限界と言わんばかりにしゃがみ込んでしまった。 「え? 芝浦くん?」  声をかけるけど、彼はギュッと小さくなってしまって、こちらを見てくれない。きっと彼なりに精一杯の想いを伝えてくれたんだと思う。そう思うとくすぐったくて、嬉しくなってくる。 「ありがとう」  丸まった彼にそう伝えると、ようやくそっと顔を上げてくれた。  夜でもわかる真っ赤な顔をした彼が笑顔をみせてくれた。 「また次の大会に向けて頑張るんだ。そしたら……また、応援に来てくれる?」 「……もちろん」 「ありがとう。ね、帰ろう」  そう手を差し伸べると、彼は照れたまま、手を伸ばしてくれた。  大会は残念だったけど、私の歌声に耳を傾けてくれる人がいる。  もっともっと、素敵な歌を歌えるようになりたい。たくさんの人に聞いてもらいたい。  だけど、なによりも隣の彼にもっと聞いて欲しい。そう思った。
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