届け、この歌声

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 カラ……  早朝の静かな校舎に、扉を開けた小さな音が響く。  特別棟四階の奥に位置する音楽室。グラウンドや体育館では運動部が準備運動していたりする声がするけれど、ここは誰もいない。私だけの空間。  窓を全部開けると、爽やかな風が教室を撫でていく。  よいしょ……と、音楽室に鎮座しているグランドピアノの屋根を持ち上げる。世界三大ピアノのひとつ、スタインウェイ。素晴らしい名器だと教えられたけど、残念ながら私はピアノ弾きじゃないので、その良さはわからない。  ポン、と一音鳴らしてドの音を確かめる。すぅっと息を吸えば、澄んだ朝の空気が身体に染み込んでくるみたい。 「あぁぁぁーーーーーー」  ピアノの音と同じ高さに当てていく。  うん、いい感じ。  高校に入学して、合唱部に入部した。  それまで合唱なんてクラス合唱しか経験なかったけれど、新歓で聞いた歌声に魅せられてしまった。最初の一声、呼吸の段階で全員の息が合っていて、そこから体育館中に響き渡った時の鳥肌を今も思い出す。  うちの合唱部は県では強豪に入るらしく、全国大会にも何回か行っているらしい。そんな強豪なのに先輩たちは未経験の私にも優しくて。合唱に大切な姿勢、呼吸の仕方などを丁寧に教えてくれた。  夏には大きな大会がある。もちろん狙うは全国大会出場。合唱部の部員数は三十二人で大会の規定人数以内。全員ステージに上がることができる。  だからこそ、未経験だから……なんて甘えたくなかった。全員で声を合わせることが大切な合唱。少しでも早く、先輩達に追いつきたい。そう思って朝練を始めることにした。  
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