俺は、見ている。

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俺は、見ている。

 きれいな爪。白くて、長い指。  君の、指が、好きだ。  図書委員の君は、新聞を新聞架(しんぶんか)に入れる準備をしている。  当番制のはずなのに、うちの学年の担当者は、ほぼ、君だ。 「あいつら……俺から文句言ってやろうか」  俺は、言うつもりのないことを、あえて言ってみる。  君と過ごせる時間が増えて、本当は嬉しいのに。 「大丈夫。むしろ、貸出カウンターの担当が回ってこなくてありがたいくらいだから」  このやり取りも、何回目だろうか。  人見知りで、本が大好き。図書委員の仕事も。ただし、裏方の仕事のみ。  それが、君。  普通なら、夕刊と朝刊を取りかえて、パチン、パチン、と挟むだけで終了する作業。  朝刊を夕刊にするのは、司書教諭が行う。  そして、君は。  わざわざ用具室から借りてきたドライヤーで、新聞のインクを乾かしている。 「皆がやっている訳じゃないけど。担当の日だけでも、ね」  なんという心配りだろうか。 「君が一緒にいてくれるから、単純作業も楽しいよ」    君の笑顔と一緒に思い出すのは、君が声を掛けてくれたあの日のこと。 「毎日、朝、本を読んでるよね。もしよかったら、図書委員の当番作業に付き合ってくれないかな」  初めて、君にこう誘われたとき。 「まあ、いいよ。手伝わなくていいならだけどな。本、読んでていいんだろ?」   そう、ぞんざいな返事をしたこと。  実は、まだ、後悔している。  君は、気にしてはいないだろうけれど。 「もちろんだよ、ありがとう!」  あの笑顔は、俺だけの、一瞬だったんだ。 「いや、俺も、こうやって本が読めるし」    今、俺が読んでいる本は、ミステリー。  本当は、推理どころじゃないけれど。  君のことを見ているのに気づいてほしい、気づかないでほしい。  だから、俺は、作業をする君の、指を見ている。 「好きだ」  もしも、もしかして。  そう、呟いてしまっても。  君の、指が、好きだ。  そう、言い訳が、できるから、ね。
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