佐々山電鉄応援団 第2巻

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ー 日本政府からの依頼 ー  8月5日。  佐々山電鉄小湯線の脱線事故から3日後。  マスコミは連日、不正工事を行い小学生達を巻き込んだ脱線事故を非難する報道をワイドショーで流している。  事業改善命令で、安全が確保できるまでは佐々山電鉄は全線で列車での運転を中止している。  地元では、赤字で乗客が減っていた佐々山電鉄が走らなくなった事で、予想外に並走する道路の大渋滞、観光業の打撃、宿泊関連のキャンセルが問題化していて、夏休みが終われば高校生達の通学にも影響すると学校関係者、行政も頭を抱えていた。 マイカーがあれば鉄道は不要と言っていた地域住民は、現実に佐々山電鉄が走らなくなって何が起きるかを身をもって知る事になった。 これは、『佐々山電鉄の負の社会実験』と呼ばれた。  群馬県の佐々山町地獄沢 佐々山電鉄・小湯線の地獄沢駅前にあるホテル鈴木。 台風が関西の方から接近している。  天気予報では午後から大荒れの天気になる予報らしいけど、意外な事に群馬県は朝から晴れていた。  嵐の前の静けさというけど、本当に台風が来るのか疑いたくなるような天気だ。  叔母が「優ちゃん。起きてて大丈夫なの」と僕を心配してくれる。  怪我は肋骨にヒビが入っただけなので、寝起きは痛みを伴うけど、むしろ起きて居た方が楽なのと、精神的に何か仕事をしていた方が気がまぎれるのだ。  あの日の事は、衝撃的で怖くて二晩連続で怖い夢を見た。一つ間違えれば僕と美佳ちゃんは死んでいたかも知れない恐怖と、実際に亡くなってしまった人が2名いる。  あの後、飯田さんに予知夢のお礼をした。  8月2日。   事故直後。  事故当日は、雷雨の中で脱線して傾いた電車の中で19人の小学生、僕と美佳ちゃんは電車の床に倒れていて、情けない事に僕は怪我をして泣いている小学生達に何もできなかった。  美佳ちゃんは、運転士の藤原さんの処で、美佳ちゃん自身も右手を骨折して嘔吐しながらも、運転台に挟まれている藤原さんを救助しようとしていた。  防災無線が事故を知らせ、車内の散乱した座席や割れたガラスの下敷きになった小学生達の荷物から、保護者が安否を確認する為の携帯電話のアニメやヒーローのテーマソングみたいな陽気な着信メロディが一斉に鳴り出し、地獄絵図のような車内では逆に怖いとすら感じた。  最初に救助に来てくれたのは、消防のレスキュー隊でも警察官でも無く、事故現場の下を走る県道を走行していた一般のドライバー達だった。  一人、非番の沼川総合病院の看護師の女性が居て、的確な指示と救助、勤務先の病院に応援を依頼していた。  僕が電車の外に出た時は、既にパトカーや救急車、大勢のレスキュー隊が到着して佐々山電鉄の先頭車両が道路に迫り出して、運転台の部分が架線柱に衝突しなかったら電車は5m下の道路に落下して、更に横転したら20m下の佐々山渓谷に転落。大惨事の一歩手前で九死に一生を得たような状況だった事を目の辺りにした。  美佳ちゃんは「命が持って行かれないだけ儲けものだよ」と言いながら、脱線した車両をみて「ありゃりゃ。あの電車は廃車解体だなぁ」と自分の右腕の骨折よりも電車の心配をしていた。  そのあとは、僕も美佳ちゃんも救急車で沼川市内の総合病院に搬送された。  処置室で治療を受けると待合室で、美佳ちゃんが右腕を吊った状態で放心状態。  僕が隣に座ると、美佳ちゃんは呟く。 「佐々山電鉄応援団として小湯線を守ろうとしてさ。その守ろうとした小湯線で死にそうになったって残酷な話だよな」  待合室では、通常通りのテレビ番組が放送されていた。世間は通常どおりらしい。 「田舎の電車が脱線した位だと報道もされないんだな」  その美佳ちゃんのセリフが終わる前。 小学生の保護者達が次々と駆け付け、怪我をした我が子を抱きしめている。  僕と美佳ちゃんは、僕の叔母と愛理が迎えに来てくれた。叔父は予備自衛官だから小湯山の警備に召集されたのだと僕は悟った。  叔父は、こういう緊急事態の為に予備自衛官として地獄沢に住んでいる。  佐々山電鉄の腕章を付けた社員が駆け付けると、病院前で隠れていた報道関係者が取り囲む。「不正工事という話は本当ですか?」という単語を数人の記者が叫んだ。  保護者達は、怒りの矛先を社員に向けた。  記者は何処から情報を得たのかは解らないけど、可愛い我が子に怪我をさせた加害企業に保護者が猛烈な抗議と罵声を浴びせる画像は、テレビ報道としては一番欲しい画像になった。  そんな騒ぎの中、僕は救急車から見た事のある女子高生が泣きながら走っていて、救急隊員が押すストレッチャーに載せられた恰幅の良い高齢女性。  僕は、それを目で追っていた。  美佳ちゃんの親友の早苗ちゃん、ストレッチャーに載せられていたのは渋沢温泉協会の協会長であるホテル伊藤の大女将だ。  美佳ちゃんも気が付いた。 「早苗だ。大女将……」  でも、早苗ちゃんに声は掛けられなかった。  数分後、早苗ちゃんは号泣して病院のロビーに居た佐々山電鉄の社員に向かって「人殺し。お婆ちゃんを返せ」と怒鳴った。  僕も美佳ちゃんも、後で理由を聞いた。  早苗ちゃんの御婆さんである大女将は、事故を起こした列車ではなく、本線で立往生していた別の列車の乗客。電源が無くなった車内で熱中症で倒れて搬送。道路渋滞と救急車が事故現場に集中的に手配された事で、搬送が遅れ命を落としたらしい。  僕と美佳ちゃんは、何も出来なかった。  自分達は助かったけど、親友の祖母の死と、お婆ちゃん子の早苗の悲しみを目のあたりにしてしまう。  いつも能天気な美佳ちゃんですら「残酷すぎるよ」と泣いていた。  あまり美佳ちゃんと仲良くない愛理ですら、美佳ちゃんの隣で一緒に泣いていた。  その日は、前橋から僕の家族が来ていて、一緒に夜のニュースを見ていた。  不思議な事に、夜の七時まで一切、何処のテレビ局も佐々山電鉄の事故を報道すらしなかった。日本政府の報道規制があったためで、七時以降は一斉に報道された。  翌日、僕も美佳ちゃんも、警察官、事故調から事情聴取や実況見分、事故の様子などを何度も聞かれた。  
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