佐々山電鉄応援団 第2巻

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 これが事故から今日までの流れだ。 僕は、ホテルのフロントに座っている。  宿泊予約は、ネット予約が主流になり、電話予約も含めて宿泊予約システムという電子帳簿で宿泊状況を管理している。  事故の影響で、渋沢温泉はホテルや旅館がキャンセルが相次いでいるという中、ホテル鈴木だけは、部屋の予約が満室で埋まっている。  運輸局や報道関係者が事故現場に一番近い宿泊施設を貸切っているためだ。  ホテル業界には、隠語で故障部屋と呼ばれる部屋がある。部屋の何かが壊れている訳ではない。他の客室と同じ普通の部屋だ。  ホテルや旅館は、悪評やイメージダウンに繋がる何かが頻繁に起きる部屋。 「幽霊が出る」「過去に事件がおきた部屋」という類の噂は他の企業や職種より神経を使うのだ。  ホテル鈴木の場合の故障部屋は、201号室。普段は物置代わりに使っている。 201号室は、本当にブッキングや満室時に予備部屋として急遽予約を受付けざる得ない場合に使われる。 その201号室の入力欄に、僕が手伝うようになって初めて予約入力がされていた。 「インスタントハッピーカンパニー日本支社……様」  僕は、暫く思考回路が停止した。  ホテルフロントの内線電話が鳴る。 「優ちゃん。ご飯できたよ」  愛理だった。  フロント裏から、伯母さんが出てくる。 「優ちゃん。先に食べてきな」と言われ、ホテル裏の自宅に向う。  ホテルの一階は廊下を挟んで、事務室の反対側に男女別の内湯に繋がる脱衣所のドアが並ぶ。  その通路の突き当りに、非常口を兼ねた自宅を結ぶ渡り廊下へ繋がるドアがある。 ドアを開けると、炎天下の屋外の熱風を浴びる。  速足で渡り廊下を抜け自宅玄関の戸を開けた。カレーの匂いが漂ってきた。 愛理はエプロン姿で「来たね」と笑う。  愛理が作るカレーは激辛だ。 「辛さこそ正義」と愛理は持論を語る。  過去に美佳ちゃんが遊びに来た時、愛理のカレーライスを食べた事がある。  美佳ちゃんは水をガブガブと飲んで「アタシは福神漬けだけで食べる」と涙目になっていた。 僕が、カレーを食べ始めてから暫くして 玄関の呼び鈴が鳴った。 「はーい」と愛理が応えて駆け出す。 スプーンの手を止め聞き耳を立てた。  愛理の声で「あー。久しぶり」と笑い声が聞こえてきた。玄関先が賑やかになった。  愛理が「優ちゃん!京子ちゃん」  実は、京子ちゃんは過去に僕の家を調べて「リベンジよ」と再挑戦に来た事がある。 負けず嫌いな性格らしい。 (また、来たんだ)  咀嚼していたものを、水で流し込みゴホゴホと咳きこみながら椅子を立ち上 がる。  居間を出て玄関に向かう。 「やぁ」と黄色いサマードレス姿の京子ちゃんが両手をブンブン振って笑っていた。 「いらっしゃい」 「ごめんね、急に連絡もしないで昼時に来ちゃって」  愛理は「京子ちゃん。お昼ごはん食べた?カレーがあるけど食べる?」  京子ちゃんは「うーん。優さんに大事な用事があるから。お気持ちだけ」と笑った。 京子ちゃんの背後に誰か居る気配がある。 「他に誰か居るの?」 「うん。紹介したい人達」  愛理が「中に入って貰って。外は暑いから」と京子ちゃんに謎の来客に上がって貰うように勧めた。  京子ちゃんは「上がって良いって」と背後の人達に声をかけている。  京子ちゃんが連れて来ていたのは、スーツ姿の大人の男性と男子高校生、女子高生。  スーツの男性を見て愛理は「神林さん。ご無沙汰です」とペコリと頭を下げた。 「愛理。解ってると思うけどドシキモ社関係の話だ。今回の事故も関わってる」と言う。  愛理は「呼んできましょうか?」 それは予備自衛官の叔父夫婦の事だ。 「いや。既に話は通してある。優君に用事がある。あと愛理も同席してくれ」 「はい」と愛理は真顔で答えた。 スーツ姿の男性は、たぶん自衛官だ。 そして、背後に直立不動でピシッと立っている二人の高校生。 男子は坊主頭。女子はショートカットで大人っぽいけど凛とした顔つき。 スーツ姿の男性は僕の前に立つ。 「鈴木優さんですか?」 「はい」 「私は神林と言います。防衛省の在日米軍基地を担当しています。彼は陸上自衛隊工科学校の学生で長谷川。彼女は防衛大学一年の西村」  房洲頭の男子は背筋を伸ばして敬礼。 「長谷川学生であります」  ショートカットの髪型の女子も敬礼で 「西村学生であります」  長谷川という男子は、イケメンで坊主頭の野球部みたいな感じだけど、しわの無い制服は自衛隊の学校というだけあり厳しい規律の中で生活をしている事を物語っている。  西村という女子は、大学生というけど小柄で、女子高生の制服を着れば普通に女子高生で通じてしまう外見。でも防衛大学という自衛隊幹部を育てる学校なので、長谷川君と同じで、少しも笑顔を見せていない。 「お邪魔しますよ」 「どうぞ」  スリッパを用意して居間に案内した。  愛理ですら慌てているので、彼らの来訪は、愛理にも知らされていないらしい。  食べかけのカレーを見て京子ちゃんは「もう一人が揃わないと話が始まらないので食べてください」と微笑んだ。 「もう一人来るの?」と僕は聞き返した。 「美佳さん」と京子ちゃんは即答した。  僕は「ちょっと待ってください。美佳ちゃんは関係ない筈。巻き込まないで……」  僕の言葉を遮って神林という男は 「いや。佐々山電鉄応援団は関係あります」  続けて神林は「佐藤さんは応援団のリーダーですよね。ならば関係者だ」と言った。  理由は、美佳ちゃんが来てから言うというので僕は黙った。  さすがに、お客さんのいる前でカレーを食べるという雰囲気ではないので、ラップをして冷蔵庫に仕舞った。  麦茶を飲みながら、無言の時間が経過。  僕の携帯電話に着信。 美佳ちゃんだった。 「あのさ。クソガキ京子が、アタシに優の家に来いって。今度の代行バスで行くよ」  なんか怒っている。  そもそも京子ちゃんが、どこで美佳ちゃんの連絡先を知っていたのかは謎だ。 20分後に美佳ちゃんが到着した。 美佳ちゃんは、変な柄のワンピースを着ていた。  たぶん、私服での美佳ちゃんのスカート姿は、あの中学校の時以来の二回目だ。 迷惑そうな顔で玄関に立っていた。 愛理も驚いている。  美佳ちゃんは「あー。これね。ママが買ってきたんだ。右手を怪我してるだろ。トイレとか着替えとか意外と利き腕が使えないと不便なんだよ」と苦笑した。  オシャレとかではなく機能性らしい。  美佳ちゃんは、居間に行くと「ほい?お客さん。どちらさま?」と神林さん達を見て不思議そうな顔をした。 「はじめまして。佐藤さん」と神林さんは自己紹介を始めた。 麦茶を飲みながら話が始まった。
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